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リアルミーは、フィリピンで青年海外協力隊として観光マーケ ティング&PRのボランティアしている青野友香さんとお会いし、素晴らしい時間を過ごしました。美しい国フィリピンでの夢の仕事や、海外での経験がどのよ うに彼女を形作ってきたか、そして未来の指針についてお話頂きました。

あなたにとっての本当の私、リアルミーはどんな人ですか?

青野友香。神奈川県小田原市出身。

趣味は冒険(陸海空・・・そして人生において)。泳げないので常に恐怖と戦いながら、サーフィンとスキューバダイビングを楽しむマゾな一面もあります。

以前はメディアプランニングと事業開発部でお仕事をされていたという事ですが、どのようにしてこのポジションに就かれたのですか?

大学で広告の勉強をしていたので、広告関係の仕事がしたいと思い就職活動をしていました。私が就職活動を開始した頃は、ちょうどリーマンショックの直後だったので、採用枠が大幅に縮小されたり、面接を受けたいと思っていた企業が採用を取りやめてしまったりと、かなり厳しい状況でした。私自身、何社も採用試験を受けて不合格になったりして、とても苦労しましたね・・・。広告会社の就職試験を受けている学生の中でも、専攻が「広告」という学生は珍しかったですし、苦労してアメリカの大学で学んで英語も身につけて、それでも内定をもらえない。もうプライドはボロボロでした。やっとある大手広告会社の最終面接までこぎつけたのですが、前日に気合いを入れてスーツにアイロンをかけたら、温度設定を間違えてスーツにアイロンの跡ががっつりついてしまい、そのスーツで最終面接に挑んで見事不合格になりました。(笑)(アイロンの跡が不合格の原因かどうかは定かではありませんが・・・笑)さすがにそのときは落ち込んで、地元の海岸でドリカムの「何度でも」を聞きながら泣きましたね・・・。
そんなとき、留学経験者を対象とした東京のキャリアフォーラムに参加し、大学の教授が “Internet is the future.”(これからはインターネットの時代だ)と言っていたのを思い出し、インターネット広告事業を行っている会社の採用試験を受けてみることにしました。そしてついに、内定を頂くことができました。
入社後は営業部でメディアプランニングを行っていました。そして入社半年後、予想もしなかったビッグチャンスが巡ってきました。私の勤める会社がApple, Inc.と協同して日本でiPhone広告配信サービスを提供することとなり、「英語が話せる」という理由で新卒1年目のペーペーだった私もそのプロジェクトチームに入ることになりました。その後、約2年半の間アップルの担当をさせて頂きました。日本とアメリカではビジネスの慣習も違いますし、市場の傾向も異なるため、その違いを説明し理解を得るのにとても苦労しましたが、非常に得るものは大きかったです。

現在はJICAのボランティアとして、フィリピンで観光マーケティング&PRを担当されていますね。JICAでのお仕事について、そして以前の仕事の後で今の道に進んだ理由をお聞かせ下さい。

東京での仕事は苦労も多かったですが、同僚や上司、取引先にも恵まれ、非常に充実していました。これまで自分の人生について考える暇もなく、必死で働いていましたが、海外に一度も行った事がない両親に海外旅行をプレゼントする、という学生の頃からの目標を達成したときに、自分の次の目標について考えるようになりました。そしてこのまま東京で働き続けるよりも、海外に挑戦してみたいと思うようになりました。また大学で広告を勉強し出した元々のきっかけは、「マーケティングや広告の力を人の役に立てたい」という思いからでした。そんなことをぼーっと考えながら、満員電車で通勤していた時、目に入ったのが青年海外協力隊の募集広告でした。(広告ってやっぱりすごいですね。人の人生を変える力があるんですから!)
何気なく「青年海外協力隊ってどんなことをしているんだろう?」と興味を持ち、調べてみるとなんと私が求めていたものがそこにありました。まさに、そこに書かれていた仕事内容は、「マーケティングや広告の力を人の役に立てる」仕事だったのです。フィリピンの小さな町の観光課で、貧しい住民のために雇用機会と収入源の拡大を目指して、町のプロモーションを行う、といった内容でした。私は運命を感じ、迷うことなくすぐに応募しました。
そして今私は、フィリピンのルソン島南東部にあるメルセデス町という漁師町の観光課スタッフとして働いています。メルセデスには美しい島や滝などの観光資源はあるものの、まだまだ観光地として認知されておらず、町のプロモーションが課題となっています。大学で学んだ知識、社会人として働いて身につけた経験、その全てを使って、町の住人と一緒に観光客誘致を行うべく活動しています。また、プロモーション活動と平行して、雇用拡大を目的としたお土産品の開発プロジェクトや、ビーチクリーンプロジェクトなど、町の人のためになることは何でも取り組んでいます。

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有名企業での安定した仕事を辞め、JICAの一員としてフィリピンに行くにあたり、賭け事をしている、もしくは今現在、そして過去の人生の一部を犠牲にしているように感じたことはありますか?(もしくは、ご自身の決断に全く不安はなく、落ち着いていましたか?)

あまり先を考えず行動するタイプなので、仕事を辞めることやフィリピンで働くことに特に不安は感じませんでした。「東京での安定した収入や社会的な地位を捨ててまで、フィリピンで貧しい人のために働くなんて偉い!」と褒めてくれた人もたくさんいましたが、私自身は誰かのために自分を犠牲にしているという感覚は全くありません。お金や地位が必ずしも幸せの指標にはならないと思っています。私は自分が最も幸せに生きることができる道を選択しただけで、むしろ私自身のわがままを理解してくれた会社の上司や両親にとても感謝しています。なんて偉そうなことを言っていると、たいそうな人間に聞こえますが(笑)、私は本当にやりたいようにやってるだけです。

日本人の若い女性として、フィリピンで生活し、働くということはどのようなことですか?

フィリピンは男女平等の世界ランキングで5位(アジアでは1位!)になるほど、男女格差が少ない社会と言われています。(ちなみに日本は105位・・・)実際、フィリピンで暮らしてみて女性が強い!というのは本当に感じますね。女性の管理職も多いですし、実際私が今お世話になっているホストファミリーも、お母さんが町役場の管理職として働いて家族を養っています。男性が働かず女性が養っている様子を見ると、日本人の感覚では「ヒモ・・・?」と思ってしまいますが、女性が男性を養うというのはフィリピンでは普通なようです。私もその町役場でボランティアとして働いていますが、女性が若い男性職員にお茶汲みや掃除をさせるという光景は良く見ます。これは男女平等という価値観に加え、年上を非常に敬うという文化が寄与しているとも思います。
また、結婚に関する価値観も違います。日本では、特に女性は30歳過ぎても独身でいると「賞味期限切れ」だとか言われる場合もありますが(笑)、フィリピンでは一生独身でも特に不思議ではないそうです。私も30歳過ぎて独身だったら、フィリピンに移住しようかなー・・・なーんて。(笑)このようにフィリピンでは、女性が一人の人間として男性と同等に扱われている印象を受けます。
日本でも(そしてこのウェブサイトでも)男女平等が叫ばれていますが、フィリピンから学んだのは、「男女平等」というのは「女性を優遇する」という意味ではなく、男性も女性も平等に責任を果たすことである、ということです。

将来の目標と夢は何ですか?その目標と夢を初めて意識したのはいつ、そしてどのようにしてですか?また、それらを実現するために何をしていますか?

「マーケティングや広告の力を人の役に立てる」という学生時代に抱いていた目標は、今青年海外協力隊として活動する上で実現出来そうなので、今次の目標を探しているところです。(笑)今の所なんとなく頭の中にあるのは、社会起業家として起業することですかね。フェアトレードに興味があるので、そういった関係のビジネスをしてみたいと思っています。昔からアクセサリーや小物といった雑貨類を集めたり、自分で作ったりするのが好きだったので、世界中の雑貨を集めてフェアトレード事業をしてみたいです。今、協力隊の活動の一つとしてお土産品の開発を行っているので、この経験が将来につながれば良いなと思っています。が、突っ走りながら直感で人生の方向性を決めているので、協力隊の2年の任期が終わった時点で自分が何をしたいと考えるかは、私自身にすら分かりません。(笑)

アメリカのネブラスカ州でジャーナリズムの学士、副専攻で広告、グラフィックデザイン、スペイン語、政治学を学ばれたそうですが、それについてもう少しお話し頂けますか?アメリカで勉強するに当たり、日本人として何か困難に直面したことはありますか?

日本で高校を卒業し、18歳で単身渡米しました。そのときもやはり、「とにかくアメリカで勉強して、英語ペラペラになりたい!」という単純な思いで後先考えず突っ走ってしまったので、渡米してからは予想を遥かに超える苦労の連続でした。まず、英語が分からない。もちろん授業は全て英語で、授業の内容も宿題は何だったのかも分からず、授業の中身を理解する以前に英語を聞き取るのに必死でした。さらに、文化や価値観が違うアメリカ人との付き合い方に戸惑うことも多く、勉強も生活もいっぱいいっぱいで、泣きながら一晩中レポートを書いていたこともありましたね。それでも不思議と、一度も渡米したことを後悔したことはありませんでした。
私は私の意思でアメリカに行く決断をし、両親も私の希望を理解してくれて、辛い事もたくさんありましたがやりたいことをやらせてもらっている、という感謝の方が大きかったです。そしてこのアメリカでの経験があるからこそ、今の私があります。

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アメリカでの留学生活やフィリピンでの生活がどのようにご自身の仕事観、生活観を形作ったと思いますか?

まずアメリカでの生活は、世界には色々な価値観を持つ人たちがいて、異なる文化で育った人たちと接する時は、異なる価値観を理解し尊重することが大切だと学びました。例えば、「自由」の捉え方がアメリカと日本では異なります。日本の教育では「『自由』と『自分勝手』は違う」と教えられますが、アメリカでは日本人の感覚からしたら「自分勝手」と思えるようなことも「自由」として許されているような印象を受けます。「日本の教育の方が正しい」というわけではありませんし、「日本の自由の定義が窮屈だ」と言いたいわけでもありません。自分の価値観に縛られて、自分の価値観に合わないものを単純に批判するのではなく、異なる価値観を理解し尊重する姿勢が大切だと思うのです。アメリカの大学ではアメリカ人だけでなく、様々な国から来た留学生と接する機会も多かったので、様々な価値観に触れ、理解する訓練を積むことができたと思います。
フィリピンでの生活ではまた新たな価値観や文化に触れることができました。アメリカで生活し、実際に見たのは「アメリカの生活」だけなのに、いつの間にか「世界」を見た気になっていた自分に気づきました。フィリピンには、アメリカにも日本にもない驚くような文化や価値観が存在していて、世界の奥深さを思い知らされました。
アメリカとフィリピンでのこうした経験により、世界の様々な国の人々と触れ合う面白さに気づきました。そして、様々な価値観を受け入れることができるようになり、例え自分の価値観に合わない事態に遭遇してもストレスを溜めることなく自分なりに消化出来るようになったと思います。(もちろん、全て理解し受け入れることができる訳ではありませんが。)そういった経験が、今の私につながっていると感じます。

今までの人生において、ご自身の夢を叶えようとする中で、特に困難な時期などはありましたか?そのような時はどのように対処しますか?

目標を達成するのに苦労した、というよりは、目標を見失ってどうしたら良いか分からない時期はありました。就職して少し経ったくらいのときに、自分のやりたいことは本当にこれなのか、自分はどこに向かっているのかが分からなくなってしまいました。それでも、とりあえず目の前にある仕事や自分に出来ることを精一杯やりました。すると、もっとわくわくするチャンスが巡って来ました。目標を見失っていた時期に、目の前の仕事を一生懸命やっていなければ、そのチャンスは巡ってこなかったかもしれません。そして振り返ってみれば、今までやってきたことの一つ一つが今につながっていて、思わぬ経験が役に立つことが多くあります。スティーブ・ジョブズ氏の有名なスピーチの中に”Connecting dots”(過去の経験が今につながる)の話がありますが、本当にその通りだと思います。

これまでの人生において、一番誇らしかった時、もしくは励みになった時はどんな時ですか?

アメリカの大学では、ジャーナリズム&マス・コミュニケーション学部で広告の勉強をしていましたが、そもそも言葉はもちろんその国の文化を深く理解した上で広告は作られるべきものなので、外国人の私がアメリカ人の学生と、アメリカで広告について勉強するのはかなり大変でした。特に、キャッチコピーを書くクラスは地獄でした・・・何日も徹夜して仕上げたレポートに対して、教授に「あなたの伝えたいことが分からない」と言われた時は授業中に泣きそうになりました。そこで私はキャッチコピーで勝負するのは難しいから、ビジュアルで勝負しようと考え、グラフィック・デザインを副専攻として勉強し始めました。元々アートは好きでしたし、デザインソフトのスキルをつけることで、他のアメリカ人学生とも広告で勝負できるようになることが目標でした。
私の学部では、卒業論文の代わりにグループプロジェクトがありました。クラスメイトとチームを作り、ロールプレイングでそれぞれの役割(例えばコピーライターやアートディレクターなど)を割り振り、小さな広告会社を作ります。そして本物のクライアントを招いて、そのクライアントのための広告キャンペーンを企画・制作するというものです。クラスには3チームあり、最もクライアントが気に入った広告キャンペーンは実際に実施されます。私のチームの中ではデザインソフトが使えるのは私だけだったので、私はアートディレクターになりました。一学期かけてチームメイトと一緒に広告キャンペーンを作り上げ、クライアントにプレゼンし、見事私のチームの広告キャンペーンが実施されることになりました。
私が苦労して学んだ4年間の全てが報われた思いでした。そして同時に、デザインスキルをつけることで、他のアメリカ人学生と同等に作品に貢献できたことが何よりも嬉しかったです。

前進し続けるための原動力は何ですか?

難しい質問ですね・・・恐らく私の場合、「好奇心」でしょうか。リスクや先のことをあまり考えずに、基本的に好奇心のみで動いています。(笑)もっと世界のことを知りたいし、もっと色んな言葉を話して、もっと色んな人とコミュニケーションをしてみたい。そういう好奇心を満たすために、走り続けています。

仕事以外の生活(プライベート)はどのような感じですか?
リラックスするために何をしますか?

日本にいる頃は、休日も常時インターネットに接続しているような状態でしたが、フィリピンに来てからインターネット接続が非常に不安定で停電も頻繁に起きるため、休日の過ごし方がだいぶ変わりました。早朝ビーチへ行って地元の女性達がやっているビーチエアロビクスに参加したり、ホストファミリーの子供達とおりがみやお絵描きをして遊んだり、拾った貝殻でアクセサリーを作ったり。最近は、フィリピンでの生活を漫画にしてFacebookで公開したりもしています。インターネットを利用する時間が減ったことで、創作活動を行う時間が大幅に増えました。また、サーフィンやスキューバダイビングも好きなので、フィリピンは私にとって天国みたいな場所ですね。(笑)

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5年後の理想の自分自身と生活についてどのように想像されますか?

5年後・・・あまり想像つかないです。(笑)5年前の私は、まさか自分がフィリピンでボランティアしているとは想像もしていませんでした。私は数年単位ではっきりとした目標を立てて行動するよりは、自分の好奇心の赴くまま突っ走るタイプなので・・・。具体的に目標を立ててしまうとその目標に縛られて、道を外れることに躊躇してチャンスを逃してしまいそうなので、あえて目標を具体化しない主義です。今までそういう生き方をしてきて一度も後悔をしたことはないので、今後の人生も突っ走り続けたいです。非常に抽象的ですが、そういう人生が私にとっては一番幸せだと思っています。(一つの目標にまっすぐ突き進むことができる人にはとても憧れます!自分が出来ないので・・・)

日本の若い女性は自身の私生活や家庭での生活、そして仕事の間で選択を迫られていると感じますか?また日本には男女不平等があると思いますか?もしそうなら、ご自身を含め、若い女性はどのようにこの不平等に対処すれば良いでしょうか?

私自身の経験では、今まで周囲の人に恵まれて来たせいか、特に男女差別を感じたことはありません。でもそれは、私が「結婚したい」とか「子供を産みたい」とか思ったことがないからかもしれません。(笑)私の周りの友達には「将来子供を産むためにより良い条件の会社に転職したい」という子が何人かいました。そういった意味では、女性が子供を産んでも安心して働き続けられる環境が整っている会社、というのは限られているのかもしれません。その点において、日本の企業そして社会はもっと改善すべきではないでしょうか。
ただし、私がここで言いたいのは「男性は女性を抑圧している!女性はもっと優遇されるべきだ!」ということではありません。特に日本では元来女性の社会的立場が弱かったため、女性を優遇することで男女平等を実現しようとする傾向にあり、その結果逆に女尊男卑的な方向性になってしまう危険性を孕んでいると思います。だから世の男性の中には、「なにが男女平等だ!女性ばっかりひいきされているじゃないか」という人も多くいるのだと思います。男性が女性を養えば女性は「専業主婦」として認められるけど、女性が男性を養うと男性は「ヒモ」として蔑まれる。(最近は「主夫」という考え方も生まれていますが。)フィリピンでは女性が男性を養っていることも多くありますが、女性が外で働き男性が家で子供の面倒を見ていても、特に批判されることはありません。日本で男女平等を実現するためには、まず女性が男性と平等に責任を果たす覚悟をすることが大切だと思います。そういった意識を多くの女性が持てば、自然と男性からも尊敬されるようになり真の意味での男女平等が実現されるのではないでしょうか。「男女平等」とは、国に法律や制度を作ってもらって与えられるものではないと思います。結局、人の意識が変わらなければ形だけになってしまいますから。女性が努力して男女平等を勝ち得てこそ、意味があるのです。

リアルミーではいつも元気づけられる引用で終了しています。人生において特に好きで、読者のみなさんとシェアしたい引用または信条はありますか?(もしそうなら、特にその引用が好きな理由も教えてください。)

“Twenty years from now you will be more disappointed by the things you didn’t do than by the ones you did do. So throw off the bowlines. Sail away from the safe harbor. Catch the trade winds in your sails. Explore. Dream. Discover.”—Mark Twain

「今から20年後、あなたはやったことよりもやらなかったことを後悔するだろう。
もやい綱を放て。安全な港から船を出し、貿易風に帆をとらえよ。探検し、夢を見て、発見せよ。」
ーマーク・トウェイン

この言葉を知ったのは、私がSemester At Seaというアメリカの学生のためのスタディツアーに参加した時でした。
約2ヶ月間船で生活しながらアジアの国々をまわり、それが私の冒険人生の始まりでした。
この言葉はまさに私が理想とする生き方を表しています。勇気を持つこと。そして後悔しないことです。

若い日本女性に向けて、何かアドバイスはありますか?

今まで話して来た内容と矛盾する部分はあるかもしれませんが、私のようにガツガツ働くことが全ての女性にとって幸せなことだとは思っていません。国が違えば価値観が違うように、人が違えばまた価値観は違います。結婚して、子供を産んで、専業主婦として暮らすことが最も幸せだと感じる女性も多くいるでしょう。
でももしあなたが「女性だから無理だ」とか「子供がいるから無理だ」と諦めていることがあれば、その現実を変えるために何か行動してみたら良いと思います。待っているだけでは状況は変わりません。ありきたりな台詞ですが、いつも未来はあなたの手の中にあります。

tomoka

  • Eri

    ええ話や!

  • 美由紀

    素晴らしいインタビュー☆ともかのパワーにはいつも元気をもらってます!(^-^)

  • かつら

    かっこええ♥元気もらったよありがと♥