megumi hagiuda
リアルミーは萩生田愛さんと対談をしました。
彼女はアフリカの花屋という、アフリカのバラに特化した個性的なビジネスを東京を拠点に経営している女性です。
彼女の今日に至るまでの経緯、お店を開くにあたっての決断や迷い、そして様々な国を旅して学んだこと等を伺いました。

あなたにとっての本当の私、リアルミーはどんな人ですか?

私の名前のめぐみという漢字は、愛という意味です。私は、愛し愛されるために生まれてきたのだと思います。それが私です。萩生田という私の名字は、萩という意味で、やはり自然と関係しています。私は東京の郊外で生まれ、ちょうどジブリ映画のとなりのトトロのような森の中にある素敵な家で育ちました。幼少期は、木登りや森歩き、木のお家を作ったりして過ごし、常に自然に囲まれていました。私は自然が大好きです。父、母、2人の妹がいますが、溢れんばかりの愛を注がれて育ちました。
そして、踊り、映画、音楽、スポーツ、芸術などの異文化にとても興味があります。様々な文化に触れ学ぶことが大好きです。それが私です!

特に興味のある文化はありますか?

ラテン文化が大好きです。以前スペインに住んでいるときにフラメンコダンスを学びましたが、とても情熱的でした。サンバやボサノバも好きです。あとはブラジル文化。彼らは素晴らしい笑いのセンスを持っていて、人生の明るい部分を楽しんでいるように思います。たとえ何もないように見えても、彼らは人生を楽しむために何かを創りあげることが出きるんです。人生において家族を何よりも大切にするところにも好感を持ちますね。

アフリカの花屋について教えてください。

「ア フリカの花屋」ではアフリカのケニアから生のバラを輸入し、日本でオンラインショップで販売しています。「アフリカ」と「花」というとイメージがマッチし ないと思うのですが、ケニアのバラの輸出量は世界一なんです。何故かというとケニアは赤道直下なので日照時間が長く、標高が高いので朝晩寒暖の差が激し い、それによってとても品質の良いバラができるのです。そのバラは日本のバラと比べてとても長持ちで、2週間くらい持つのが特徴です。また日本のバラに比 べると4cmから6cmと、とても花が大きいです。模様も日本のバラと違い、オレンジと赤のグラデーションやピンクと緑のグラデーションやマーブル柄など 日本では珍しいデザインのバラが育つのがケニアのバラの特徴です。そういったキレイなバラを日本で輸入することでお客様も喜んで頂けるし、たくさんバラを 輸入することでケニアの雇用が増えるので国際貢献もできる。ちょっといいことができる「幸せのバラ」を販売しています。

アフリカの花屋に特化したお店を始めるきっかけは何だったのですか?

は じめてバラをケニアでみた時の感動が忘れられません。ケニアの道路は舗装されてないので花屋のバケツは砂埃をかぶっています。その煤汚れたバケツその中に 咲いている色鮮やかな薔薇を見た時にすごく驚き、強いインパクトを受けました。私は、生け花の師範の免許を持っているので今までたくさん花を見て来ました が、それでも初めて見るほど、鮮やかな発色と珍しい模様だったので、バラじゃないのかと思いました。
「これは何の花ですか?」とお店の人に聞いたんです。すると、「バラだよ、日本にはバラはないの?」と答えが返ってきて「日本にもバラはあるけど、赤や黄 色とかでグラデーションのバラはないんです」と答えました。日本に帰国してもこのバラを買いたいと思いネットで調べたたのですが、販売しているお店はあり ませんでした。オンラインショップでケニアのバラは売っていましたが、それらは日本のバラと同じようなサイズと色のバラで、私が感動したグラデーションの バラではありませんでした。私がケニアで見た美しい花を日本でも買いたい、家族や友だちにケニアのバラを見せたかったのです。最初は趣味として輸入を始め ましたが、周りの人が「とても素敵なバラだから是非定期的に輸入して欲しい。」と言ってくれたので、毎月輸入するようになりました。

アフリカの花屋は、現地の人々に貢献していると思いますが、どう思いますか?

ケニアにはたくさんバラの農家があります。私が契約している農家は、日本だけでなくロシア、ヨーロッパなどに様々な国に大量に輸出しています。現段階では 「アフリカの花屋」単体では限られた貢献しかできていないのが正直なところですが、農家の従業員の数は1年前の150人から380人に増えました。今後、 日本への輸入を増やし、花を輸入すればするほど、その農家の雇用が増えるのは確かです。

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なぜ自分でお店を経営するようになったのですか?何がその決断を後押ししたのですか?

新卒で製薬会社に就職し、最初の2年はMR (Medical Representative) という医薬品の営業、次の4年強は本社のグローバル人事でリーダーシップ開発や海外のエグゼクティブの方の育成を担当して いました。精神的にもキャリア的にも非常に洗練された方々とお仕事をする機会に恵まれました。彼らは成功している経営者で、とても心が広く、頭がよく、で も偉そうじゃなく、ウィット富み、笑わせるのが得意で、人として温かい方々でした。そういう方と接しているうちに、私もいつか経営者になって、彼らのよう な素晴らしい人格者になれたら素敵だなと思うようになりました。その時は何を商材にビジネスをするのか特別な考えがある訳ではなかったので、「いつか素敵 な経営者になれたらいいな」とぼんやりと胸の内に秘めていました。数年後、ケニアを訪れ薔薇と出会った時に、経営者になって彼らのように素晴らしい人間に 成長できるチャンスだ!と思ったのを憶えています。

以前、GREEでグローバルな人材のリクルーターとして、 Eisaiではプロジェクトリーダーとして勤務していたそうですが、これらの仕事にどのように就職されたのか教えてください。

米 国の大学卒業後、2005年に製薬会社に入社しました。就職活動を通して50社ほどいろんな会社と出会う中で、3つの軸を基準に会社を選びました。1)薬 を通じて人の命と社会に貢献している、2)グローバルにビジネスをしている、3)人が温かく育てる文化がある、というところです。私の軸と会社の軸が一致 し、この会社の中で自己実現できると思い入社しました。
営業で結果を出したらグローバルの部署へ異動させてくれると上司に助言を頂いたので、頑張って結果を出し、周りの支えもありグローバルの部署に移動することができました。
製薬会社を退職し、6ヶ月間のケニアでのボランティアのプロジェクトを終え帰国しました。「アフリカの花屋」をスタートアップする際、経済的な不安からア グレッシブになれない事が最大のリスクだと考え、いったん就職することにしました。他にも理由はありました。新規ビジネスをスタートアップする時はすごく エネルギーとスピードが必要だから、GREEというスピードと勢いのあるベンチャー企業を選びました。ケニアはゆっくり時間が流れてたので、日本のスピー ドに戻る必要がありました(笑)GREEでは米国やインド、シンガポールなど様々な国に行って、学生を採用する仕事をしました。志高い優秀な学生さんと話 したり、入社や来日にあたって彼らの不安を取り除くことも重要な仕事です。とても楽しくやりがいのある仕事でした。私はいつも自分に挑戦したかったし、自己成長というのはとても重要なのです。

GREEを辞め、アフリカの花屋にフルタイムで専念するようになったのはなぜですか?

2 つ理由があります。1つは、「アフリカの花屋」の仕事が増えて来て平日にミーティングに入ることが多くなりました。時間の調整が不可能になったのが大きな 理由です。私にとってライフワークである「アフリカの花屋」の仕事が目の前にあるのに、120%の力を注げないことにストレスを感じ始めました。ちょうど GREEの採用の仕事が一段落した時、「選択のとき」だと感じ、「アフリカの花屋」に集中することを選びました。
もうひとつの理由は、生命の危機を感じたからです(笑)ベンチャーの仕事は忙しく、大量の仕事に追われ、終電まで仕事をせざるを得ないことがほとんどでした。そして土日は花屋の仕事。まったく休みのない状態。ある日、輸入の時に高速道路を運転ししている時に寝てしまい事故に 遭いそうになりました。休みなく睡眠時間も短かったので、目の下にクマができてゲッソリして痩せてしまったんです。健康でないと「アフリカの花屋」でお客 さんに花を届けられない。そう思ってGREEを退職しました。

あなたのキャリアにおいて、特にアフリカの花屋を始めたとき、何かを犠牲にしたりギャンブルをしているように感じたことはありますか?そしてどのようにそれらの感情に対処しましたか?

何かを犠牲にしているとは思ったことは一度もないです。自分が選んだ道だという納得感、好きなことをやっている満足感、充実感がエネルギーになっている感じです。犠牲と思ったことはないですね。何が人生にとって幸せかって考えた時に、たくさんお金を稼ぐこととか、自己実現とか、成功という定義は人によって違うと思います。私は人を幸せにしたり、花や綺麗なものを扱って人に驚きやさわやかなサプライズをもたらすこと、またそういう私を見た周りの方々が元気になってくれたり、勇気を与えることが出来たたり、それが私にとっての喜びです。希望を与え続けたい。「アフリカの花屋」を通してそれができてるてことに対して満足して喜びがもてる。その結果、会社が繁盛して儲かればもちろん嬉しいけれども、儲けたいからやっているんじゃなくて、「人々を幸せにする」というミッションのためにやっています。その軸があるから犠牲というより、むしろ「アフリカの花屋」を始めてから出会った仲間やお客さんにとても感謝しています。

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国際関係学とスペイン語をカルフォルニア州立大学で専攻されたそうですが、アメリカで学位をとろうと思ったきっかけは何ですか?また、それはどんな経験でしたか?外国という環境での学生生活で直面した問題や障害はありましたか?

沢山の問題に直面しましたが、価値のある経験でした。 アメリカの大学に行ったのは、高校生時にオーストラリアに交換留学に行って、それが楽しかったんですよね。日本という小さな島国から出て、オーストラリア という全く違う文化に触れました。ホームステイをしましたが、食事も人の見かけも人生の楽しみ方も違う。そういう全く違う文化にいることで刺激を受け、違 う自分になれたような感じやフィーリング心地よかったのです。大学を選ぶとき、交換留学できる日本の大学にしようと思いましたが、交換留学は1年間と限ら れている。どうせ楽しむなら丸々4年間どこか違う国に行った方が楽しいと考え海外の大学に行こうと思いました。アメリカは英語圏だったし、いろんな人種や 多様な文化が一度に体験できそうだったので米国を選びました。
大変だったのは言葉の壁というか、最初はやはりコミュニケーションがなかなかうまく取れなかった事です。「言葉が違うだけで同じ人間」「自分に正直になって、相手に興味を持って話しをすれば、だれでも友達になれる」と次第に楽観的になり、わりとすんなりと環境に慣れました。勉強面では、一度数学で落第寸前になりました(笑)先生に毎日会いに行って補習してもらったり友達に教えてもらって、なんとか落第せずに済みましたが。人種差別された事もないし、みな親切な方ばかりで、楽しい思い出しかないですね。メキシコ、クロアチア、マレーシア、ロシア、オランダ、ブラジルなどいろんな国の親友ができ彼らを訪問した事もあります。国際的な環境に居たので、特別自分だけがアメリカ人じゃないとかそういう環境でなくって、みんなそれぞれの珍しい人がいる環境だったので、すごく快適だったし、日本にいるよりも自分らしく振る舞っていたと思います。日本にいると「阿吽の呼吸」で言わなくても察する、空気を読むのが当たり前となっているので、なかなか自分の意見や考えを説明する事が苦手だったのですが、米国では説明するのがあたりまえで、説明しなければそれは本人の責任になってしまいます。自分の考えを説明したり確認するする訓練になりました。

国際関係学とスペイン語を専攻したというバックグラウンドは、キャリアにどう活かされましたか?

キャ リアについては、インターナショナルリレーションズ(国際関係学)っていう教科自体は全く実用的でなないので、あんまり役に立ったとは思っていません(笑)しかし、国と 国との関係は、ブレイクダウンしていくと人と人との関係なのだと思います。たとえば、サムさんはイングランドの方だけど、私は日本人。イングラントと日本 と言うと大きく聞こえますが、結局はサムさんと私の関係なのです。私がサムさんのことをいい人だなと思えばイギリスはいい国なんだと思うじゃないですか、 それと同じで人と人との関係なんだなとわかりました。いろんな国に旅行やビジネスで行く時も、私は日本の代表だと思って行動しています。海外の方が私のこ とをいい人と思えば、みんなが日本を好きになってもらえるので!そういう「あり方」「捉え方」という部分では、専攻は役に立っていると思います!

非常にユニークな店を経営し、かつビジネスに成功している人として、これから自分のキャリアと異なる道に進もうと考えているけど、同時にリスクを感じている読者の方々に何かアドバイスをもらえますか?

キャリアと人生は分けられなくて、何を成し遂げたいか、死ぬ時にどう思って死にたいか、何を世の中に還元したかとか、という事なのではないでしょうか。それを逆算して考えた時に今の状態で幸せでないのなら、何があれば理想の生活ができるのか、常に幸せかと考えてみる。より幸せな決断と行動をしていけば、気付いたら理想な状態が手に入っているのだと思います。そして、「心配」や「不安」は一番の敵。もちろんリスクは軽減できますが、何がリスクかわからない「恐怖」や、もしかしたら失敗するかもしれない「心配」は危険です。なぜなら、手に入るかもしれない最高の可能性を奪ってしまっているから。まだ見ぬ輝く未来に向かって一歩を踏み出せば、どんどん道が開けて行くし、いろんな方々が助けてくれます。勇気を持って第一歩を踏み出すことが大事だと思います。

英語も日本語もスペイン語も!堪能ですが、三ヶ国語話せるというのは、キャリアにどう影響していますか?特にGREEのような大企業でのグローバル人材のリクルーターという職歴から、外国語を話す重要性をどう捉えますか? 海外で働く予定のない人たちにとっても必要だと思いますか??

もちろん必要だと思います。外国語を話すというのはとても重要かつ価値のあることです。言語を喋るということはただ単にその言葉を喋るのではなく、「文化を学ぶ」ことだと考えています。言語を学ぶメリットは3つあって、1つは初めて会った人 ともコミュニケーションがスムーズになります。挨拶をその国の言語でする事でバリアをなくし、より深い次元での会話ができるので信頼関係をはやく築けま す。もうひとつは、自分自身が豊になります。一つの文化だけでなく様々な文化を言語を通じて知る事で知識や造詣が深くなり、人間の幅ができると思います。 3つめは、情報量が圧倒的に増え、直接会話できる人数が増えます。例えば、英語を話す人口は18億人、スペイン語は5億人です。これだけで情報量が変わり ます!

人生における転換期はいつでしたか?

アフリカの花屋を始めたときです。ケニアでのプロジェクトを終えたとき、一ヶ月の休暇をとりブラジルに行きました。そこで、ある夫婦にあったのですが、夫はとても料理が上手で妻は社交的な人でした。ブラジルのビーチには、気楽に入れるレストランはなく、どこも正装して入らなければなりません。でも、ビーチでリラックスしていたら簡単にサンドウィッチをつまんだりしたいですよね。そこでその夫婦はビーチでサンドウィッチ屋を始めたんです。すぐにお店は繁盛して、行列ができるようになりました。そして、地元の人たちに勧められレストランをオープンしました。夫がシェフで、妻がウエイトレスとして働き、お店ができて1年後に私はそこを訪れました。その時には既にお店は街で一番の人気店となっていたんです。そこで私が学んだのは、彼らは心の赴くままに行動していたのだということ。人々に求められたこと、彼らがしたこと、すべてがぴたりと一致したんです。彼らは、地元で地域の人たちに愛されてとても幸せそうに見えたし、人生を満喫しているように感じました。帰国してから、私は花屋の計画を仕事仲間や信頼の置ける有能なビジネスマンである以前の上司に伝えました。彼らは計画に賛成し、支持してくれました。そうやって、少しずつ自信を得て自分で経営をするようになりました。それが私の人生での一番楽しい時間でした。

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自分を信じ、自信を持つことは、優れた学歴や職歴といった技術的な能力と比較しどの位重要だと思いますか。

素直さ、新しいことへの挑戦、柔軟さ、学ぶ姿勢 …,そういうことが大事だと思います。私はよくいろんなアドバイスやご意見を頂いた時に、NOとは言わず、まずは聞いて試してみます。実際に試してみると、いろいろ見えてきます。どうしても自分のやり方と異なる場合は自分のやり方に戻ったり、結果をフィードバックして別のアドバイスをリクエストします。とにかく1回やってみて人の意見を聞いてみることは私がとても大切にしていることです。

自分のキャリアと私生活を天秤にかけるよう、選択を迫られたように感じたことはありますか?もしあれば、どのように対処しましたか?

私は独身ですし、子供もいないのでそのような状況になったことはまだありません。でも、将来そういうときがくるかもしれないですね。Eisai の商品部に務めていた時は深夜や時には2時3時まで働いていました。初めての職場でしたし、結果を出さないといけなかったので。家にはあまり帰らなかったし、週末には眠れるだけ眠るという生活を2年間送りました。家族にはお正月以外はほとんど会えなかったし、とても大変でした。でも同時に、成長するためには今が努力をつみ重ねる時期なんだと感じました。なので、正直これが重荷であったとは思いません。自分でしたかったことだし、家族もそれを承知し支えてくれました。当時、お付き合いしている方がいたのですが、デートをする時間すらなくて彼は怒っていました笑 そんな時もあったけど、自分にとってなにが重要でなにをしないといけないかは分かっていました。
ケニアに行ったときは、彼氏よりアフリカを選びました。そんな選択をしないといけないときもあったけど、それを障害と感じたことはありません。その時は辛かったかもしれませんが、自分の明確な目標をもっていたので、自分の選択には納得していました。もし、違った選択をしないといけなかったのならきっと後悔したと思います。30歳までに、大きな決断はすると何となく決めていたので今は地に足をおろし、自分が得たものを成長・成熟させる時期なのだとおもいます。

日本には、性別による差別があると思いますか?

そうですね。改善はしてきているけど、差別は存在すると思います。男女雇用機会均等法ができてから、法律として女性の働く環境は整いつつあると思います。しかし文化として根強く残っている、ものがあると思います。男性が 昇進や転勤を容易くできるのに対して、女性はライフイベントがあるので人生設計をどうするのかといったサポートが充分でなかったり、産休後の復職のサ ポートが整っていない企業が多いと思います。一番身近な存在である男性の上司や同僚、そして家庭でのパートナーのサポートが重要だと思います。
同時に、30代世代はいろんなライフイベントに直面しているので、試行錯誤しつつ、キャリアを築きたい人は築いていっていると思うのです。しかし20代前 半の女性は、キャリアを築きたいというよりは、「ゆるキャリ」や専業主婦思考の方々が増えて来ていると聞きます。特に3.11の震災以降は絆が重要視され ている、また世の中は暗いので守りの姿勢になってしまって大いに挑戦できない方が多い気がします。ゆるキャリや専業主婦を心からんでいる人がもちろんそ れで良いと思いますが、仕事と通じての自分の成長や世の中への貢献という充実感を得る機会を不本意失っているのだとしたら、それは悲しいことだと思いま す。仕事を通して実現できる、達成できることの素晴らしさや人間関係、仕事を通してしか得られない充実感を味わっていけたら、素晴らしいのではないかと思 います。環境が整っていないので男性と同じように働いてしまうと、なかなか結婚や出産ができないという不安をなくした上で、いろいろな選択肢の中から人生 をデザインできる社会が来るように、社会の理解や行動を変化させていきたいです。

この現状にどのように日本の女性達は対処すればよいと思いますか?そして、男性たちには何ができると思いますか?

女 性がまず人生のビジョンを描く、どうありたいか、どう働きたいか、どういう成長したいかというのを、自分自身が持っているのが大事で、それを周りに発信し ていくことが重要だと思います。「できないから、やらない」のではなく、できる環境をつくるために仲間を増やしていくってことが大事だと思います。
男性は、イギリスのように家事をシェアしたり、愛するパートナーがより幸せに生活するためのサポートをお互いに実践することが大切だと思います。

これからキャリアを始める、または始めたばかりの若い女性達になにかアドバイスはありますか?

好きなとこをやればいいんじゃないですか!(笑) 手遅れになる前に自分の心が望むことをすること。

手遅れになってしまうのはいつでしょうか?

遅いってことはないと思います。でも、早い段階で自分が何が欲しいか気づくのは、将来を描くのに役立つんじゃないでしょうか。私の場合は、何が欲しいか明確ではなかったけど、遅くなる前にキャリアを築きたかったのは確かです。だから、必要だったことをした。でも本当に望むことを知るために、心の声に耳を傾け続けました。 一生懸命、目の前にあることに全力でやることと、心の望むことをして下さい!

リアルミーでは、引用をよく用いてインタビューを終えます。なにか、特別な引用文はありますか?

私の一番好きな言葉は、”Follow your heart … but take your brain with you!” 心に従え、ただし脳みそを忘れるな。(笑)
日本の社会では、やらなければいけないとか、 やるべきことだからやるという風に考えて仕事や人生を選んでいる人が多いように感じます。でも人生というのはやりたいこととか、心が動くこと、ワクワクす ることをやるっていうのが一番幸せだと思います。(これは、ワガママや自己中心的な考え方とは異なります。)自分の心に従って、やりたいことをやるのがい いと思います。ただし、心にだけ従っていると、時にはとんでもないことをする可能性もあるので、ただ単に楽しいからやるのではなくって、頭も使って自分の 行動が長期的に考えて正しく価値のある行動なのか考えて人生を作っていったら素敵なのではないでしょうか!

なにか最後に付け加えたいことはありますか?

人生一度きりなので後悔しないように生きてほしいです。

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  • Eri

    「手遅れになる前に自分の心が望むことをすること。」
    “Follow your heart … but take your brain with you!”
    とても力強く、勇気をもらえる言葉ですね!

  • Emi Sakuyama

    ケニアに行き、一人でこのようなビジネスをスタートをはじめたことはとても素晴らしい事だし、尊敬します!

  • atsu

    生でバラを見たくなりました!素敵なお仕事ですね!

  • aki

    後悔する前にもっと自分の心の声に耳を傾けようと思います!

  • 真咲

    tv見ない俺が玉玉TVみたんやけど あんた 素敵やん 心に響いたよ あんたに惚れた!!