植山智恵
リアルミーは今回、橋本智恵さん(30歳)からお話を伺うことができてとても光栄です。ソニー・コンピューターエンターテイメントでのキャリアについて、将来の目標とそれを達成するためにしていること、人生の困難な時期に学んだこと、そして現在の日本における男女不平等の状況について、智恵さんにお話を伺いました。

リアルミー、本当の自分とは?

橋本智恵、現在東京在住です。

世界中旅行にいくことが好きです。旅を通し美しい大自然、ユニークな文化に触れ、刺激を与えてくれる人々との出会いができるのが魅力的。新しい場所、人に会うことは常に自分自身の学べる機会を与えてくれます。

2007年に大学を卒業してからソニーで働いていらっしゃいますが、最初はどのようにしてその仕事に就いたのですか?

最初のキャリアは営業担当として、横浜の家電量販店でコンシューマーエレクトロニクス商品を売ることからスタートしました。最初は、現実と入社当初想像していたものと若干ギャップがあり、営業所のカルチャーに適応するのに苦労しました。当時は営業担当として毎日数店舗運転して巡回して、その後オフィスに戻り立て続けに新商品導入計画を話し合う会議が続くという毎日。とてもタフな仕事だったので毎日やり遂げるのに必死でモチベーションが下がっていた時もありました。 そんな中、あることに気付きこの状況を打破することができました。

もっと自分自身がお取引先に入り込み彼らのニーズに応えてあげるよう努力をしたら、必ず感謝が返ってくるのではないか。そしてそのやりとりを繰り返していくと、ポジティブなサイクルが出来上がり、関係は更に強化される。お取引先のニーズは何なのか、見えてくるまでとことん腹を割って会話をし続ける、ここに価値がでてくるのではと思うようになりました。そして実際にお取引先のニーズがわかると、あとはそれに応えるために最大限ベストを尽くすことに集中しました。

「どんな立場にいても自分のカスタマーのニーズに応える」、このことは私がソニーで働き一番最初に学んだことですね。とても基本的なことですが、今でもこれは仕事に対して最もコアとなる部分だと思います。

現在は経営管理部でお仕事をされているそうですが、日々どのような業務を行っているか教えてください。

現在ソニーのゲーム部門(PlayStation)のアジア地域ハードウェア商品の売上、在庫管理の担当をしております。各セールス拠点の商品販売のKPIを策定したり売上進捗をモニターするなどデイリーベースでアジアにいる同僚達と仕事をしています。ゲームのアジア市場は中国や東南アジアエリアなど販路開拓をしている最中なので更なる成長のポテンシャルがあります。また、エンターテイメントのビジネスに携わっているのもとても興味深い経験です。売上状況が、突然あるゲームタイトルがヒットしたから、ということで急激に売れたりすることがよくあります。あとアジア地域内の国ごとでユーザーの嗜好が異なっているので、ハードウェア商品の売上トレンドも各々異なっているのも面白いところです。

tomoechina
将来の目標や夢は何ですか?

私の生涯を通したライフワークは、日本からもっとグローバルに活躍する人材を育成することです。特に、日本の子供に、将来の活躍の場は日本だけに限定されているのではなく、世界へ広がっているのだということを伝えられるよう何か手助けができないか考えています。それを実現するために日本の子供に、世界中の異なるバックグラウンドを持つが共通の関心事を持つ子供たちがいるコミュニティの中で、コラボレーションしながら(時には衝突もしながら)各々の研究の成果を高めていくような場を提供したいと考えています。その経験を通し、単純に世界中に友達ができたり、子供たちの批判的思考が養われ自然に多様性に関して懐の広い姿勢が身につき、いずれ彼らが仕事をするときには国籍やジェンダー問わず多様な人々と尊重しながら関わっていくことに自信が持てるようになれるのではと思っています。

それらの目標や夢を最初に意識するようになったのはいつですか?また、目標や夢を達成するために何をしていますか?

まず経緯なのですが、最初に私自身が日本の外に出た経験は、高校生のとき交換留学生としてオーストラリアに一年住んだことでした。その経験はカルチャーギャップに向き合うべく沢山の教訓を与えてくれましたが、確実に私の視野を広げるきっかけになりましたし、国籍の違いはあれ人類みな共通しているのだということに気付くことができる貴重な経験でした。私の場合、若いときにそのようなきっかけを持つことができたので、それ以降も異文化の体験に対して柔軟な姿勢、言い換えれば怖いもの知らずになれたので、大学の時にインターンシップをしにインドへ訪れたり、ソニーに入社しグローバルにビジネスを展開することになるなど、可能性を最大限にできたと思います。だからシンプルに、もっと日本の子供たちにも若いときに同じような気付きを自分自身の中で発見できる機会を持てるようお手伝いをしたいな、と考えています。個人的には、若ければ若いほど吸収が早いので効果的だと思います。また最近のテクノロジーの発展につき、国を越えたコラボレーションもより簡単で経済的になっていることもあり、将来的にテクノロジーを教育現場に利用して、もっと海外の子供たちと共同でプロジェクトに取り組んだりする機会をもつことも簡単になってくるのではと考えます。

今年の夏に、夫が新しい仕事のアサインによってサンフランシスコに赴任することになり、私も今の仕事を退職し一緒に行くことを決断しました。そして教育業界で新しくキャリアをスタートし生涯をかけた関心テーマである、日本からもっとグローバルに活躍する人材を育成することに向け、本格的に取り組もうと考えています。

これはかなり転機になるのですが、世界の中でも有数なイノベーションを生み出す土地の中で、自分の生涯をかけた目標に向け最初の一歩を踏み出し、更に見識を深められるという絶好のチャンスなのワクワクしています。もし上手くいけば、先進的なテクノロジーのアプローチで子供教育に取り組む会社か非営利団体で働きたいと思っています。そしていずれ日本に戻ってきた際に、アメリカでの経験を存分に生かし、子供がグローバルな人々とコラボレーションできる教育を目的としたビジネスを始めていきたいと考えています。

植山智恵
現在、不安に感じている将来の目標、または頭のなかでもやもやしている(cloudy)ような目標はありますか?

いくつか思い当たるものがありますが、むしろ何をやりたいかということの方を考えたいと思っています。何かアクションをとるということが、一番効果的にその不安要素”cloudy”に対抗できることだと個人的に思っているので。

それはとっても前向きな姿勢ですね。興味本位で知りたいのですが、今まで少しでも不安に思ったことなどあったら教えてもらっても良いですか?

ええと、これは不安とか心配に思っていることとは少し違うのですが、敢えて言うなら一つだけ、子供を生むかどうかの計画ですかね。今30歳なので今はまだ教育業界でのキャリアを築いて確固たる基盤となるべくスタートをきることに集中したいと思っているんです。その後に夫と私は子供をいつか作りたいと考えているのですが、どうなるでしょうね!

津田塾大学の学芸学部国際関係学科を卒業されたそうですが、大学での経験はどのようなものでしたか?

私の出身大学は女子大でした。大学生活から得た素晴らしいこといえば、独立した女性の友達が沢山できたことです。自分自身それぞれ勉強や人生に対する関心を持っている人たちが多かったです。不思議に図書館や食堂で一人になることを好んでいる人たちが多かったです。(笑) 私もそういう環境がとても楽でした。

授業はどうでした?

授業も楽しんでいましたが、うちの大学は少人数教育だったので授業は大変でした。ほとんどの授業は、10人~15人くらいの生徒しかいなかったので勉強に集中するしかないという環境だったのです。最初の2年間は英語の授業が毎日あったので、英語の勉強を沢山しました。2年生以降は自分の好きなテーマや科目を選べたので最初の二年間よりは楽しめました。でも私の場合だとインドへインターンシップに行くなど、授業よりも実地的な経験を好んでいました

一般的に言って、ボランティアや非営利の仕事についてはどう思いますか?

100%のパッションを注げるところで働けるというのはとても良いですし楽しそうです。結局は仕事に何を個人が求めるか、というのによるのではと思います。情熱か、お金か。

私は個人的に仕事とプライベート境界線なく全部仕事をライフワークとして楽しみながら働くことにあこがれています。次はそんな仕事をしたいです。

どのようにしてそれだけ流暢な英語を習得されたのですか?

正直にいうと、まだまだ微妙な感情表現をしたりするのに英語は不自由を感じます。外国に住んだ経験を通して、言語を学ぶには、とにかく完璧じゃなくても実際に声に出して話すことが肝だと思っています。

今までの人生で、自分の目標を達成しようとする中で特に辛い経験をしたことはありますか?

もちろん、自分自身沢山の挫折を経験しましたし、そういう経験が今の自分自身を作り上げ教訓をくれたと思っています。人生一番最初の挫折といえば、オーストラリアで高校の時留学したときですかね、英語に苦労しましたしとにかく友達ができなくて辛かったです。

そのような辛い状況を乗り越えるために何をしましたか?

その当時のことはあまりよく覚えていないのですが、とにかく、外見だけはHappyにみえるように頑張ったと思います。悲しそうな顔している人に誰も話しかけたくないですからね。

その当時、このことを話せる人はいましたか?

 はっきりとは覚えていないのですが、日本には友達がいたのですが、オーストラリアでは簡単に全てを分かり合える友達と言える人がいなかったのです。なのでその当時はその孤独感を自分自身の中に隠して外面はHappyに見えるようにしていたのだと思います。当時は時々うちの母に電話して、どんな日だったか、とよく話していました。たとえば、「友達が出来なくて辛いよ。」などよく弱音を吐いていました。当時はEmailやSNSがまだ主流ではなかったのでよく日本にいる友達に手紙を書いたりして自分の想いやどう対処しようとしていたかなんかを全部打ち明けていたと思います。

それはとっても辛い経験でしたよね。

はい、とても辛かったですが徐々に、気持ちの面もよくなってきたと思います。今となってはその辛いときが自分を強くしてくれた、と感謝していますよ。

今までの人生で、一番誇らしかった瞬間、もしくは感動的だった瞬間はいつですか?

今までで一番誇れる時としては、自分の結婚式のときだったのかなと思いますね。

友人や同僚、上司をはじめ家族親戚全員呼んで一同集まって私たち夫婦生活のスタートをお祝いしてくれるなんて素敵な瞬間ですよね。それまでにこんなに自分たちは大切な人たちとつながっていたんだ、と実感できた経験はなかったと思います。そのなかで最も心打たれたのは、私の叔父叔母がサプライズでピアノとハンドベルの演奏をしてくれたことです。叔母たちは実家の隣に住んでいるのですが、本当の娘のようにずっと可愛がってくれていました。二人が演奏してくれた曲は決して忘れられないですね。

今までの人生で一番困難だった、もしくは絶望した時はいつですか?また、そのような時期をどのように乗り越えましたか?

一番困難に差し掛かった時といえば、中国へ研修生として派遣されたことです。これは社内の最初の新興国若手人材育成プログラムでした。上海の大学で最初の二ヶ月詰め込みで中国語コースを受け、その後すぐにローカルスタッフが働くセールスチームに入りました。それまで中国語が何もゆかりがなかったので、短期間で中国語習得後、すぐに現場で働くという経験はとてもタフでした。最初のうちは意図したつもりはなかったのに数多くの間違いも起こしてしまいましたし、全部が裏目に出てしまったりすることが続きました。

その経験の後、振り返ったところ、原因は自分自身の中国ビジネス文化への適応力の未熟さにあったのだと気づかされました。自分の意見を分かりやすくまとめ発信し、チームを巻き込んでいくことが重要になるのですが、私は当時、日本の仕事文化に慣れてしまっていたせいか、自分がまだ若手であるということだけで上司の指示に従い自分自身の意見を表に出さない傾向にあったので、中国でも十分に自分の意見を主張することができなかったのです。

それ以降、このことを念頭におき、各々のタスクに向け、オーナーシップを発揮するようにしました。ときには上司に対しても担当者の立場から提言するようにしています。オーナーシップを持つという要素は特に異なる価値観や背景を持った多文化間チームの中で働く上ではとても重要になります。今では、その経験は辛かったですがとても重要な教訓を得られたのでありがたく思います。

前へ進み続ける原動力は何ですか?

私の祖母と夫の存在です。 私の祖母は学校の教師を務め、引退後も地域の活動にコミットしていました。三人の子供を育てながらも精力的に働きベイビーシッターやお手伝いさんがいる家だったそうで当時の日本ではとても斬新だったと思います。祖母のような女性になりたいということが今でもずっと私の目標です。 夫とは、常にどんなことでも話合っています。彼は私にとって、メンターでもあり、親友でもあり時にはライバルでもありますね!

プライベートの生活はどのようなものですか?リラックスするために何をしていますか?

できるだけ最低週一回、ヨガのレッスンにいくようにしています。あとは新鮮な空気を求め公園で歩いたり。

植山智恵
5年後の理想の自分、生活はどのようなものですか?

今年の夏サンフランシスコへ移住するので、直近2,3年の間は教育業界で確固たるキャリアを積みたいとおもっています。その後は、キャリアを続けながら、母親になりたいですね。

若い日本人女性はプライベート生活(家庭生活)と仕事で選択をしなければならないと感じますか?これに対しての意見をお聞かせ下さい。

両方いえますね。若い女性は今、ポジティブにいえば沢山選択肢がある状況と言えますし社会ももっと女性に機会を提供しようとしていますよね。基本的には、性別問わず一人ひとりが自分自身の人生のライフワークと目標を持って生きることがこの21世紀では重要なのではないかと思っています。今の時代先々の将来予測できないことが多いですからね。運なことに私は個人的なライフワークを持っていたので、その目標を達成できる道筋ならば、国外でもどんな場所でも働けますし違う業界に入ったりすることにも精神的抵抗がないです。

今は過去に比べ確実に若い女性にとって社会が開けてきていますし女性が活躍することに協力的だと思います。これはチャンスだと思いますし自分自身のライフワークと目標に向かって自由に突き進んでしまえばいいのではと思いますよ。

この共通認識に対処するために何が出来る、またはどうするべきだと思いますか? 日本に男女不平等は存在すると思いますか?

個人的には、ビジネスの中で女性差別はあるとは思います、でもそれは自然なことであって、単純に働く女性の絶対数が男性に比べ圧倒的に少ないということ、男性も女性と対等に働くことに慣れていないだけだと思います。私の場合、幸運なことにソニーの中で働く年上男性達はジェンダー問題に対して成熟した考えを持った人が多かったので、個人的には全く女性だからと言ったことで不利に思ったことはありません。

ソニーでロールモデルとする人が何名かいるのですが、その人たちに共通することは一つあります。それは、発言した意見やコメントに対して、”誰が言ったか”という軸で見ていない、ということです。むしろ、その発言された内容それ自体に対して慎重に判断する方たちです。ですので、私がまだ若手の女性社員だったとしても、耳を傾けてくれましたし私が発言する内容についてよく検討してくれました。もっとこのような人たちが将来、日本に増えてくれればいいな、と思っています。

男女不平等をなくすために、智恵さんのような若い女性は何が出来るでしょうか? また、男性は何が出来るでしょうか?

先ほど話したとおり、一人ひとり人生のライフワークと目標を男女問わず持っていくことが重要だと考えています。そして男性については、女性が個人として夢やライフワークを追い求めることについても尊重していただきたいと願っています。

リアルミーでは、勇気づけられる引用や名言でインタビューを締めくくっています。読者の皆さんに伝えたい人生の座右の銘はありますか?

私がよくプレッシャーで耐えられなくなりそうなときに思い出すフレーズです。

“自分が相手にどう見られているか、を気にするのではなく、自分が、彼らをどう見たいかそして何をしてあげたいか。”

読者の皆さんへ他にアドバイスはありますか?

自分の人生のライフワークをみつけることはそう簡単なことではないと思っています。でも、わからなくても、自分の身近にある可能性を色々試しながら発見していく、ということもできるのではと思います。一つのことをとにかくやってみて試してみることによって、自分と合っていてずっとやっていきたい、と思うか、それとは逆に、これは二度とやりたくない、というものもわかってくると思います。とにかくトライすることなのではないでしょうか。

植山智恵

  • Hello Yutaka

    智恵さんと同じ職場にいた者です。七転八倒あり、彼女の成長を側から拝見しておりました。私もそうですが、人生、早く失敗したもの勝ちです。トライしない人には失敗はありませんから。がんばれー!!!