Ayako JT profile
リアルミーは本日、ジャパン・タイムズで記者として活躍さ れている三重綾子さんをお迎えできてとても光栄です。綾子さんに、今までのジャーナリズムでの経験、アメリカでの生活や留学経験が与えた影響、これまでの 人生における困難や転機、自分の得意分野や目標を見つけるためのアドバイス、そして日本における男女平等について伺いました。

あなたにとっての本当の私、リアルミーはどんな人ですか?

職業的に言えば、今の私は、日本と世界をつなぐ英文記者です。しかし、これから5年後、10年後は自分が何をしているのか、どのような立場で社会に携わって いるかはわかりません。だって、人生は思いがけないチャンスがやってくるものですから。ただ、私は常に自分の心には正直ではありたいと思っています。私は 好奇心旺盛でいろいろな事に興味があります。また、私はリスクをとる事はいとわないし、チャレンジすることも大好きです。それが私という人間を表すには一 番いい言葉かも知れません。

なぜジャーナリストになったのですか?

たまたまですかね。(笑)元々は、特に記者になろうとうは思っていませんでした。ただ、たまたまTBSで記者として働く機会があったという事です。それが ちょうど2001年の事で、最初の最も大きな仕事がアメリカの同時多発テロの取材でした。当時TBSで筑紫哲也のニュース23という番組にいましたが、テ ロの直後、ニューヨークのケネディ国際空港が再開して初めての全日空便で遺族の方達とニューヨークに行きました。機内からは、まだグラウンドゼロから曇りが立ち こめている様子が見えました。亡くなった方のご冥福をお祈り申し上げた上で、また、遺族の方達の気持ちに敬意を表した上での事ですが、この取材を通して報 道の仕事ってやりがいがありと思ったのです。つまり、私の仕事は歴史を目撃し、それを日本人に伝える事であると。今でも毎日、新しい事を学び、もしこの仕 事をしていなければ、出会う事もなかったであろう方々の話を聞く事ができます。とても面白い仕事です。

TBSでは、ワシントンDC特派員 を短い間でしたが経験させていただくなど、大変勉強になりましたが、6年間働いているうちに、海外メディアによる日本の報道は限られたものであると感じるようになり ました。必ずしも日本全体を表していないようなもの、例えば、秋葉原のオタク文化など、ステレオタイプに基づいたニュースが多いと 感じました。そう感じているうちに、では、世界の読者視聴者に対して自分が日本を伝える事を仕事にしてはどうかと考えるようになりました。そのため、日 米政府からフルブライトという返済不要の奨学金をいただき、UC Berkeleyのジャーナリズム大学院に進学しました。確かに、高校1年間アメリカに留学をしていましたし、英語でのインタビューやアメリカ人とディ ベートをする事はできましたが、ネイティブスピーカーをうならせる記事を英語で書くには訓練が必要で、大学院に行く事は私のキャリア形成に必要不可欠 だったからです。

ジャパンタイムズではどんな仕事をしているのですか?

ジャ パンタイムズでは政治取材を担当しています。国会が開幕中は、国会内で与野党の攻防や、法案そのものの意味などについて取材をしています。日本語メディア が日々の細かい事象を報道するのに対して、私の仕事は今起きている事象がどんな意味があるのかということを、わかりやすく外国人の読者に伝える事なので、 現在起きていることやその意味、また次に何がおこるかなど様々な知識が要求されます。

前職からどのようなことを学びましたか?

私のジャーナリストとしてのルーツは、TBSから始まったと思っています。今はもう亡くなりましたが、筑紫哲也さんという、アメリカで言うウォルタークロン カイトのような、素晴らしいジャーナリストと仕事をさせていただく機会がありました。筑紫さんは非常に洞察力が強く、才能があり、また、政治社会、クラ シック音楽だけでなく、ポップカルチャーなど様々な事について興味をもった教養と懐の深いジャーナリストでした。

私は筑紫さんから色々な事 を学びましたが、特に、何でもくだらないと決めつける前に、様々なことに興味を持つ事の大切さをまなびました。つまり、実際に試してみなければ、それが持 つ本当の価値がわからないという事です。そして、大量の情報にふれる事によって、これまで見えてこなかった新しいことを発見するかもしれない。そこから ニュースが見つかる事もあります。

ワシントンポストでは、アメリカメディアがどう日本を捉えるのかという見方を学んだという意味で非常に 有意義な経験でした。時には自分がニュースだと思う事でもアメリカ人には響かない事もあるということです。日本のニュースを日本のことを知らない読者にどう伝えるのか、これは今でも私が直面する課題でもあります。

津田塾ではどのようなことを教えるのですか?

津 田塾で今年から(2014年4月)メディア論の授業を一コマ担当します。私の目標としては、単なるメディア論を教えるクラスにはしたくないと思っていま す。私の授業によって、学生が政治社会について当事者意識を持ってもらいたい。そして、行動をとってもらいたいと思います。なぜなら、政治は私たちの生活 に密接に関連しているからです。

私の授業では正しい答えも間違った答えもありませんし、自分から正解を言うつもりもありません。彼らに主体的に考えてもらいたいし、自分の意見を持つという事が最も日本の教育システムから欠けている事だと思います。

ayako mie high schoolers meeting
安倍総理夫人など、著名人インタビューされていますが、最も心に残ったインタビューについておしえてください。

難しい質問ですね!昭恵夫人は間違いなく興味深い方でした。感銘を受けた人は何人かいます。例えば、アニス ウザマンさん。シリコンバレーのベンチャーキャピタリストで、日本のスタートアップ企業にかなり投資しています。アニスは文科省の奨学金で東工大に留学していた のですが、日本に対して恩返しをしたいという気持ちが非常に強い人で、最近スタートアップバイブルという本を日本語で執筆し、その収益は全て東北に寄付をするという事です。 また、彼は、日本のスタートアップがシリコンバレーでも戦えるように支援しようとしている。非常に面白い試みです。

それから医師の伊藤憲 祐さん。あまり名前は知られていませんが、本当に日本を変えたいと思っている人物です。選挙への出馬の打診もあったそうですが、選挙には出ませんでした。 なぜなら、国会議員になっても変化をもたらすには時間がかかるからです。それでも、伊藤先生はもっと違った形で日本を変えたいと思っている。多分私は、著名 人よりも、日本を変えようとしている、あるいは日本に対して新しいものの考え方を提示しようとしている人に興味を持つのだと思います。既成概念にとらわ れずに日本を新しいステージに導く事ができる人物。そういう人は非常に興味深いし、話を聞いていてもこちらも非常にインスパイアされます。

バークレーでは修士号をとっていますね。大学は立教大学だったようですが、日本の大学とアメリカの大学ではどう違いますか?

私は交換留学でロサンゼルスの高校に行きましたが、特に英語で苦労はしませんでした。そういう経験もあって、大学院では何が求められているのかも十分承知し ていました。つまり、自分の意見を言わなければ存在しないのと同じだと言う事です。そういった文化に慣れていない日本人はたくさんいるので、苦労する人も多いと思います。私は日本にいるときから自分の意見をかなりはっきり言う方だったので、アメリカの高校でもクラスでディスカッションをしたりする上で問題はあり ませんでした。それまで、アメリカに住んだ事はありませんでしたが。

ただ、一番難しかったのは、やはり大学院です。ジャーナリズムスクールは、書く技術を 訓練する場所です。当然、私のアメリカ人の同級生は、生まれてこのかたずっと英語を話し、書くということをしてきている。さらに、すでに新 聞記者としてやってきたミッドキャリアの人が多いので、プロとして英語で文書を書いた事がない私にとっては、英語で書くという技術でアメリカ人と競争する のは非常に難しかった。もし、私が国際関係論などの専攻だったら話は違っていたかもしれません。日米関係論などを研究する人もいるはずですか ら、日本人であるという事が有利に働いたかもしれないからです。けれども、ジャーナリズムスクールで日本人であるという事は全くプラスには働きませ ん。なぜなら、日本の国力の低下とともに、日本に興味のあるジャーナリストの数が減っているからです。

でもこうした逆境に直面するということで、ジャーナリストとして、また個人的にも成長したのではないですか?

よくわかりませんが、多分自分の強みを学んだのだろうとは思います。正直、私は日本があまり好きではなかった。アメリカに住み、アメリカで働く事がどんなに いいだろうとずっと思っていました。でも、それは大学院卒業後にもかないませんでした。というのも、フルブライト奨学金をもらっているため、学費や生活費 などを支給されるかわりに、卒業後2年間は自国滞在義務というのが課されるからです。一方で、実際、アメリカで英文記者して働く事ができたかどうかはわか りません。なぜなら、アメリカのジャーナリズム業界はネイティブスピーカーでも職を得る事は難しいほど非常に競争が激しい場所だからです。では自分の強み は何か?それは、日本の仕組みや文化を理解し、それを英語で解説できる能力です。大学院での2年間は大変厳しいものでしたが、自分が日本人であるという事 を最大限に生かすべきであるという教訓を学びました。そして、自分の日本人である特性とグローバルな感覚を使い分けるコツも学んだと思います。

ayako mie best friends
バークレーのジャーナリズムスクールの友人たちと


人生におけるローロモデルは誰ですか?

私 には金平茂紀さんというメンターがいます。彼はモスクワ支局、ニュース23編集長、ワシントン支局、報道局長という輝かしい経歴を経て、現在もTBSの報道特集のキャスターという立場で、第一線の取材活動をしていますが、日本人記者の中でも既成概念にとらわれずに仕事をされている数少ないジャーナリストの一人です。私にとって、彼は非常に良いお手本です。金平さんは現状を疑い、権力に抵抗する事を恐れない。金平さんは、自分が正しいと思たことを遂行できる能力が ある。そして、改善した方がいいという事に対して、忌憚なく意見を述べる事ができる。ジャーナリストとして非常に素晴らしい特性を持っていらっしゃる方 だと思います。

もう一人は私の祖母です。彼女は非常に強い女性でした。私の祖父が戦争でシベリア抑留になっている間も、一人で私の叔父二人を育て、商売を切り盛りした。 自分の家族にとって最善の決断をする事ができる女性だったのです。祖母のように、文句を言わず、自分が重要だと思うことを成し遂げることができる強い女性 のロールモデルに引かれるんだと思います。

付け加えるとするならば、文句を言う事と自分の意見を言う事は違います。私は女性である事で差別 を受けた事はありません、というのは、自分にできない事があったとしても、自分の性別を言い訳にしないからだと思います。女性だからといってでき ない事はあまりないと思うし、言い訳をする必要もない。しかし、自分も努力し続けなければならない。自分が有能な人間だと言う事を証明しなければならない。もち ろん、会社の中での政治的なこともあるでしょうし、自分の才能を正当に評価してくれない上司もいると思います。でも私は逆境があっても、どこかにそれを乗 り越える道があると信じています。でも、それは、今の仕事をどれだけ続けたいとかという意思にも関係していますよね。

ただ、日本でいかに女性の管理職やエグゼクティブが不足しているかという話をするとき、男女関係なく出世するのは大変だという事を忘れがちだと思います。もし、会社のトッ プになりたいのであれば、おそらく女性であろうが男性であろうが、妥協をし何かを犠牲にしないとならないこともあるかもしれません。それを犠牲や妥協と 見るかはまた別の話ですが。

ただ、上にあがっていくために必要な努力の量が男女では全く違うかもしれません。というのは、日本の社会や文化の中 では、未だ女性が家族や子供の世話をするのが当たり前で、女性はリーダーとして適していないという考えが根深く残っているからです。そういうイメージを打ち破り、偏見と闘いながら上に上がっていくのは大変な努力がいる事だという話はよく聞きます。とはいえ、私は、役職 がついていない会社員ですし、チームを束ねるという経験をした事もありません。また、結婚もしていませんし、子供ももいませんので、経験値としての話はで きません。ただ、以前取材をした事のある女性社長は、女性に対しては、見えない壁が存在すると言っていたのは覚えています。その女性はまた、上にあがって いくには本当に努力が必要だし、どこでその競争レースをおりるのかという事を決めるのも自分次第だとは言っていました。

プライベートはどうされているんですか?

仕 事によって、自分の生活が犠牲になったと思った事はありません。とはいえ、私は多少ワークホリック気味なところがあるので、週末全く働いていないと、 ちょっと不安にさえなってしなうところがあります。(かなり不健康な考え方ですが)ストレス発散方法はサルサダンスでしょうか。ジョギングなど体を動かす 事も好きです。美味しいものも好きすし、素敵な友人もたくさんいます。そういった意味では、バランスのある人生とも言えます。

ジャーナリズムという職業が生活に悪い影響を及ぼした事がありますか?

全 くありません。ただ、それは人の考え方によってちがうと思いますし、物事をどう見るかによります。自分の仕事が好きならば、ある意味それは趣味のような存在になることもあるかと思います。好きなことだからやり続けるわけです。ですので、その仕事がどれくらい好きかということによるかと思 います。ただ、息抜きは大切ですし、そこから新しいアイディアが生まれてくる事もあります。

ayako mie reporting
バーレクー卒業後はサンフランシスコ近郊で、パッチというメディア企業でローカルニュースを取材


これまでどのような逆境を経験してどのように乗り越えたのでしょうか?

私 は幼稚園から高校までは、良妻賢母を育てる事を目的にした女子校似通っていました。(笑い)けれども、今のような自我は、おそらくアメリカに行く前から、 かなり早い段階から芽生えていたと思います。ですので、意見をはっきり言う事でよく先生にしかられましたが、それも自分の性格だから仕方がないと思ってい ました。

また、かなり強烈な性格だったようで、よく友達ともぶつかりました。それはつらかったです。昔から完璧主義だったようで、そうした 自分の理想を相手にも押し付けてしまったところはあったかも知れません。けれども、みんながみんな自分と同じではない。相手をそのまま受け入れるという事を かなりの時間をかけて学んだと思います。

完璧主義者であるが故、また自分の事で自分を追いつめ、常に一番でなければならないというプレッ シャーをかけていたと思います。でも、誰も私にそうしなければならないと命令した訳ではなく、自分で勝手にスタンダードを設けていたのです。それは時には大変息苦しい生き方で もあります。どこまで上に上っていかなければならないのか、究極の目標を達成するために、どこまで努力をしなければならないのかと、いつも自分に問いかけな ければならないのも事実です。というのも、目標を一つクリアしてしまうと、次の目標が必要になるからです。その繰り返しですが、それが悪循環になる事もあ ります。そうした繰り返しで疲れてしまう事もあります。

完璧主義者という事ですが、自分の仕事で完全に満足した事がないと感じる事はありますか?

仕 事のパフォーマンスで満足する事は全くありません。いつも、もっとできたのにと思っています。いつも自分が十分ではないとも感じています。そのような感覚 に長年苛まれてきましたし、もし何かうまく行かない事があると、それを自分のせいだと思っていました。しかし、最近になって、こうしたままではいられない と思ったのです。ですので、自分にもっと優しくするようになりました。とはいえ、自分が自分にとって最高の親友になるということは、私の大きな課題でもあ ります。

それと同時に、自分にとって何がし幸せなのかという事を知る事も大切です。私たちの多くは、他人の尺度によって自分たちの幸せの度合いを測る事が多い。しかし、それは本当に幸せと言えるのでしょうか?誰かの定めた基準にそって自分の人生を生きるより、自分が本当に幸せと感じる事を見つける事 の方が重要です。しかし、それは簡単ではなく、私も自分の幸せが何であるかはまだわかっていません。でも、それは一生探し続けるものなのかもしれません。

そ れから、努力をしても失敗したときには、自分が無能であると責めるのではなく、「これは自分の運命ではなかった」と言えるようにもなりました。もちろん、最善の努力 を尽くす事は大切ですが、時に自分がコントロールできない事もあります。自分がコントロールできない事での失敗を自分のせいにし続けると、自尊心や自信が 大きく傷つきます。良くない事ですね。もし、失敗したとしても、また違った道が開けると思います。でも、努力は大切です。私はそんな風にこれまで生きてき たと思います。

Japanese American internment camp
マンザナールの日系人強制収容所後で


どうしたら、自分自身の親友になれるのでしょうか?

最 近思ったのは、自分を必要以上に追いつめようと、そうでなかろうと、結果は一緒だと言う事です。以前は、ある事をすると決めたとき、もし、それを達成できな ければ自分の人生は失敗だと言う風に感じていました。今は「大丈夫、きっとうまく行くから心配する必要は無い」と思いながらやっても、結果は一緒だという ことに気づきました。

これまでの人生でのハイライトは?

フルブライト 奨学金をいただいた時には本当にうれしかった。自分が認められたと思ったのはそれが初めてだったかもしれません。人生において、おそらく「よくやった!」 と自分をほめたのはそれが初めです。バークレーで、様々な視点を持ったクラスメートと知り合ったのも、自分の視野を広げるいい経験でした。ジャパンタイム ズで採用されたときも嬉しかったです。大学を卒業して、ここに到達するまで、つまり、英語の新聞社で自分の署名記事を書くという経験をするまでに、12年 もかかったのです。ですから、採用の連絡を受けたときは、とても素晴らしい気持ちでした。

40になるまでに「よくやった!」と思う瞬間はこ れからもっと作っていきたいと思います。今後ずっとジャーナリズムに関わっていくかどうかはわかりませんが、おそらく、日本から離れるのではないかと思い ます。それがニューヨークだったら最高ですね。ニューヨークに初めて行ったのは16歳の時だったのですが、それ以来、ニューヨークに住み成功する事は私の夢であり目標です。50、 60、70、80歳になっても、何かを達成して素晴らしい気持ちを味わっていけたらいいと思います。

ayako mie with fulbright friends
フルブライトの友人たちと


日本における男女平等についてどう思いますか?

統計だけ見れば、確かに、日本は女性の国会議員や企業のトップの数は圧倒的に少ないです。しかし私は、自分が本当に達成したいと思う事だったら、あらゆる手 を尽くしてその目標をかなえられると思っています。一方で、日本社会も、多様な働き方に寛容であるべきです。働くお母さんへのサポートや、ワークライフバ ランスが欲しいと思う人にはフレキシブルな働き方を提示するのは重要かもしれません。なぜなら考え方やライフスタイルは人それぞれだからです。ワークライフバランスが最も重要で、出世はしたくない、そこそこの生活を手に入れことのできる仕事を一生続けていきたいと思う人もいるでしょうし、一方で、子育てをしながら、ばりばり仕事をして、さらに出世をしたいと思っている人もいるでしょう。つまり、 社会はどんな状況でも働きたい人が働き続ける環境を提供するべきだと思います。また、能力もあり出世したいと思って努力している女性が、子育ての有る無しに、男性以上の努力や結果を出せないと認められて出世できな いのであれば、それは社会自体に欠陥があると思います。男性だからというだけで、出世をした男性も何人も見ていますが、そうしたシステムを女性にも広げて みたらどうでしょうか?社会も変わらなければならないところはたくさんあります。

そうなるためにはどうしたらいいのでしょうか?

教育は重要です。子供には女性が家庭におさまり育てをしなければならないという考えは時代遅れで、男女共に家庭をマネージする責任があるという事を教えるべきで す。それから、多様性についても教えるべきです。日本社会はもっと、人種、年齢、婚姻のあるなしや、性的嗜好といった多様性にもっと寛容であるべきです。

私はまた、女性は結婚をして、子供を生み、そして働き続けるべきだとという考えを政府や社会がは押し付けるのは間違っていると思います。私は独身のワーキングプロフェッショナルとし て、これまで、一生を共に歩み家庭を築きたいと思えるようなパートナーを見つけることは容易ではないという事を身にしみて感じてきました。たとえ、私が結婚をして家庭を持つ事を望んだとしても、様々な事情からそれがかなう訳ではない。私の周りにも同じような 友人がいます。けれども、独身女性であっても、日本経済に貢献していますし、若い人たちのロールモデルとなっている事もあるのです。結婚と か子供を有無とか言う事は個人の選択であるべきですし、もしそれがかなわなかったとしても、それはその人の生き方だと思います。

もちろん、男性の仲にも社会によって差別されていると感じる人もいるかもしれません。出世なんか望まずに、気 楽な仕事と人生がいいと思っている男性もいると思います。多様性は、男女という区分だけではないのです。私たちはある意味、「ニュートラル=中性」でないとならない、もし かしたら、私たちは、性差にばかり注目し過ぎかもしれません。私は戸籍上女性です。でも、女性である以前に、私個人です。この社会は、性別という見方らか らではなく、個人としてお互いを尊重する必要があると思います。

それから、若い人たちにもって声をあげてもらいたい。例えば選挙に行く事で す。この国の投票率は本当に低く、50歳以上の人の意見が最も投票結果に反影されている。なぜなら、若い人があまり選挙に行かないからです。だから、与党 の政策も年配の人向けの者になってしまう。だからこそ、若者は、自分たちの声を届けなければならないと思います。決して文句を言うという事を行っている訳 ではありません。それではなく、行動するという事です。行動をする方法はいくらでもあります。ツイッターを使ってもいいし、嘆願に署名してもいい。それか ら、議員に直接声をとどけることもできます。そうした、直接的行動をとるという精神がこの国にはかけているように思います。

私はフェミニス トではありませんので、女性はグループを作ってアクションをとるべきだとは言いません。実際のところ、もしそういうグループを作るのであれば、男性も入れ るべきです。多様な意見があった方が無ければ極めて独善的になるからです。もし、若者が自分たちの意見を反影して、性差別のない平等な社会を作り上げたい のであれば、ロビー活動をすればいいと思います。「自分たちこそが将来を担う世代で、だから、こうした事を要求する」と言えばいいと思います。でも、私た ちには声をあげる権利があるという事を社会が教えないために、こうした直接的な行動をとれる若者、あるいは一般社会人があまりいません。(とはいえ、高校生でありながら政治活動をしたり、様々な活動をしている若者も私は取材しましたので、社会は変わってきている事も確かです)日本人はもしかしたら、国民 は政府に要求する事ができるという意識も無いかもしれないですね。つまり、政府が何かをしてくれるだろうと待ち受ける非常に受け身な態度である事が多い。 けれども、それで良かった時代はもうずっと前に終わりました。これからは行動をしなければならない時代です。

ジャーナリズムを考えている読者へのアドバイスは?

ジャー ナリストになりたい!という目標を持つ事はある意味難しいかもしれません。何になりたいというより、成し遂げたい目標があって、それを達成するのに、 ジャーナリズムはその一つの解決方法にすぎかにかもしれないからです。もしかしたら、その目標を達成するには、国連職員になるとか、政府で働いた方が政策 を通して目標を達成できるかもしれない。しかも、ジャーナリストになるという事を目標にした場合、もしなれなかった場合には、非常に落ち込むでしょう。で すので、ジャーナリストになって、何を達成したいのかという事を考えるべきだと思います。達成したい事があれば、それに関連する書籍などをたくさん読んだ り、様々な人にあうことで、何が重要でどうした事を改善しなければならないのかという事を考える事が重要だと思います。そうすれば、職業は目標ではなく、 目標を達成するための道具であり、それを達成するためには様々なオプションがある事がわかると思います。

自分にとっての格言や好きな言葉はありますか?

リ スクをとらなければリターンもないということでしょうか。人間は何でも達成できますが、リスクをとらなければチャンスがやって来ないからです。さらに、失 敗もありません。失敗が成功に導く事もあるからです。ですので、失敗を恐れないことです。なぜなら、失敗は成功に導く最良の師でもあるからです。

シリコンバレーに日本の企業があまり行かないのもこうした理由からだと聞いています。シリコンバレーでは、3、4回失敗しないと信頼のおけるビジネスとして認められない と聞きます。試行錯誤をすることで、そのビジネスがより良いものになるからです。しかし日本では、一回失敗したらそこで道は閉ざされてしまう。だらか、多 くの会社が失敗を恐れる。しかしそれは正しくありません。というのも、失敗から誰しも学ぶからです。もし人生で失敗した事がないのであれば、それはまた危 険なことです。例えば、40歳とか50歳になったときに、大きな試練や失敗に直面したとする。けれども、あなたはそうした状況にどう取り組んだらいいのか わからないのです。ですから、失敗から学び、常に向上し続ける事、これが私の人生において最も重要な事だと思います。

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  • 山本

    素晴らしい内容!

  • Yousuke Uchino

    うーん素晴らしい。世界にはいるんですねこういう日本人。触れる機会がないだけにこの記事は貴重です。