中村玲子
リアルミーは本日、シャーク&アンセムジャパンの代表取締役を務める中村玲子さんにお話を伺いました。神戸で育った経験、ご自身の性格を形作った幼少期の出来事、ラジオDJから広告業界への興味深い転身、女性としてビジネスの指導的立場に立つことに対する考え、そして熱意・努力・自信を持つことの大切さについてお話頂きました。

あなたにとっての本当の私、リアルミーはどんな人ですか?

中村玲子です。シャーク&アンセム・ジャパンの代表取締役社長をしています。23年間にわたってブランディング/広告業界で働いています。人と会ったり、自分の経験をシェアしたり、人の経験を聞いたりすることが好きです。私が1990年に神戸にある神戸新聞事業社という広告会社で初めて働いていた時、日本政府は労働環境における男女平等を推進し始めた頃でしたが、女性にとってはまだとても大変な時期でした。なので、その時から、職場における男女平等を含め、「平等って何だろう?」と考えています。このサイト、“リアルミー”を見た時、「すごく面白い」と思いました。そして、自分の考えていることを伝えたり、今までの自分の経験を若い女性と共有したりするチャンスだと思いました。

神戸で育ったということですが、どのようでしたか?



私は今でも神戸は世界で一番美しくて素敵な所だと思っています!(笑)是非神戸に来てみて下さい!私の家族、そして友人の多くが神戸に住んでいます。わたし自身も40歳になるまでは神戸に住んでいました。そして6年前東京に引っ越してきました。東京と比べると、神戸の人々はもっとカジュアルでフレンドリーだと思います。ただ出掛けて何かをするにも違いが分かると思います。例えば、ワインを飲みに行って「満タンお願いします」と冗談を言ったら、関西の人は大きな声で冗談を返してくるでしょう。でも、東京で同じような冗談を言ったら、その場がシーンと静まり返ってみんな無表情になるのではないでしょうか。なので、私は神戸で育って良かったなと思っています。

小さい頃はとても活発な少女でした。よく兄の友達と遊びましたし、サッカーと野球も好きでした。私には4歳年上の兄がいます。兄は今も神戸に住んでいて、歯科医をしています。私は子供の頃、歌手か映画スターになるか、マスコミ関係の仕事に就くのが夢でした。なので、最初の夢は大学生時代に実現したと思っています。というのも、私は大学生時代に神戸でラジオDJをしていて、自分の番組を持っていました。その番組では週末のイベントや週末にすることなどを話していました。必ずしも自分の抱いていた夢という訳ではありませんでしたが、それでもラジオDJが出来るということは特別なことだなと自分で思っていたことを覚えています。そして、夢を持てばきっと叶うかもしれないと感じました。

どのようにしてラジオDJから広告業界に進むことになったのですか?

ラジオDJをしていた頃、時々とても遅くなってラジオのスポンサーの代表の方やプロデューサーの方と一緒にカラオケに行かなければならないことがありました。当時は自分がラジオDJを出来るなんてどれほど幸運か気付いていませんでした。ラジオDJにとてもなりたくて、ものすごく努力をする人もいます。ですが、わたしは当時、そこまで努力をしないで、ほとんど偶然にラジオDJになったと言わざるを得ません。なので、自分がどれほど幸運かという事を十分に理解していませんでした。ですから、夜に何度もカラオケに行かなければならなかった当時は、もっと“普通の”生活をしなくてはと思い始めていました。そして、広告業界でセールスの仕事に就こうと思ったのです。

ちょうど大学4年生で22歳くらいの頃でした。当時日本はバブル時代で広告業界に就職するのは少し難しかったです。ですが、何とかして神戸にある広告代理店に就職することが出来ました。それが自分の目標を達成したと感じた2回目の時でした。しかし、先ほども言った通り、当時はまだ女性にとっては大変な時代でした。その時は男女ともに12人の新卒採用枠がありました。そして、女性が男性と同じように認められるためには、男性の2倍の努力をしなくてはいけないと考えていた事を今でも覚えています。ですが、中には女性の方がやりやすい仕事もありました。例えば、見込みのある新規顧客を獲得するのは女性の方が簡単でした。しかし、女性にとって、会社の決定権を持っている男性役員の信頼を得るのは難しかったです。

なので、彼らからビジネスを勝ち取るには、「たくさんリサーチをして報告書をまとめて、顧客がどのような広告を必要としているのか、そしてその広告が具体的にどのように顧客により利益をもたらすのかを明らかにしよう」と思いました。ですので、広告の販売について学ぶだけではなく、どのようにしたら、私たちが提供しているサービスについてより良い印象を持ってもらえるようになるのかについても勉強しました。楽しかったですよ。その会社では7年間働きました。ですが、神戸の会社だったので、ほとんど神戸や兵庫県の顧客の対応をしていました。大手の顧客はいませんでした。メデイアや広告についてたくさん学ぶことは出来ましたが、ナショナルクライアント(全国で自社ブランドの製品を販売している広告主)の対応をしたいと感じるようになりました。なので、別の仕事を探すことにしました。二つ目の仕事は大阪にあるパシフィック・クリエイティブという会社で、大口の取引先がパナソニックでした。パナソニックは大企業でナショナルクライアントなので、他にも大企業の顧客の対応が出来るのではと思い、そこで働くことに決めました。しかし、主に国内の企業の対応をしていたので、今度は「今の仕事もいいけど、海外の顧客の対応がしたい!」と思うようになりました(笑)。

仕事に対する熱意がどんどん大きくなり続けたのですね。

その通りです。ですが、同時は英語が話せませんでした。大学では英文学部を卒業しましたが、文法を少し知っていただけで、英語は全く話せませんでした。なので、パシフィック・クリエイティブを辞めた後に、グローバルな仕事がもっと出来るようになるために、英語の勉強を始めました。毎日フルタイムで(1日中)勉強しました。兄の歯科医院でバイトもしました。毎日学校に行き、歯科医院へのバイトの行き帰りにはNHKのラジオ講座を聞きました。当時、高校時代にもっと勉強していれば、もっと英語が出来たのになと思っていたことを今でも覚えています。

現在、日本にある私の会社では、18人が働いていますが、私以外全員、日本国外に住んでいた経験があります!(笑)英語を学ぶためにはアメリカやイギリスに行かなければならないと信じる人もいます。ですが、私は全くそうではないと思います。私がこの会社に入社した時、シンガポール、上海、マレーシア、そして日本に同僚がいました。なので、私自身、国際的なチームの一員でした。そして、ほぼ全員にとって英語は第二言語でした。もちろんシンガポールを除いて。なので、英語でコミュニケーションを取るには「すごく流暢である必要はなく、ただ分かりやすい英語を話すことが大事なんだ」と思いました。そのチームで経験したことがあります。アメリカ人の同僚と私は、マレーシアの同僚に話をしなければなりませんでした。そのアメリカ人同僚の説明はとても早口で曖昧だったのでよく分からなかったとマレーシアの同僚女性が言っていました。後でそのアメリカ人同僚はメールで説明しようとしたのですが、それも上手くいきませんでした。そこで私がマレーシアの同僚に説明したところ、私の説明の方がアメリカ人同僚の説明よりも分かりやすかったと言われました!なので、その後もっと自信を持つようになりました。「彼よりも出来るんだ!」と(笑)。

SCHAWK 中村玲子
上京してシャークで働くようになった経緯について教えて頂けますか?

シャークに入社した時、私は神戸のP&G(プロクター&ギャンブル)の現場で働いていましたし、ヴィダルサスーン、パンパースなどの日本・アジア市場のグローバルプロジェクトを扱う仕事をしていました。ある日、上司から、日本市場のビジネス成長を手伝うために仕事にさらに力を入れてくれと頼まれました。私は東京にある新たな取引先をいくつか獲得し始めました。神戸にあるP&G以外、ほとんどのグローバル企業は東京にありますよね?なので、上司が「玲子、なんで神戸にいるんだ?」と言い始めました。ということで6年前に東京に引っ越しました。

1日の流れを教えて頂けますか?


いつも8:30前には会社に出勤します。幸いにも、私はもう毎日の作業が必要な業務は担当していません。ですので、事業発展に関する業務を多く担当しています。ですが、そうは言っても、他にも何か貢献できるサービスがないか確認するためにも、よくクライアントとは顔合わせをします。ですので、そのせいもあって、最近は東京で行われているビジネス交流イベントにもよく参加しています。財務、人事、そして基本的には、日本の経営に関することは何でも担当しています。文書チェックやその他色々、業務がスムーズに進んでいるか確認します。

私のチームは18人のメンバーから成る、まだ小さなチームです。なので、チームのみんなに心を開くようにしていますし、何か問題があったり、言いたいことがあったりしたら、遠慮なく言ってもらうように勧めています。日本人の経営者の中にはこれが苦手な人がいます。日本では、少し難しいんです。もし上司が、緑のカップを指して「これは赤だ」と言ったら、従業員は「そうですね、赤ですね。」と言うでしょう。私は、自分のチームに、遠慮なく自分の意見を言うようにと本当に勧めています。例えば、「これはクライアントが日本で売り出そうとしている新しい製品なんだけど、どう思う?」というように、はい/いいえで答えられないような質問をするんです。そうすることによってみんなが遠慮なく発言しやすくなるんです。私自身、どのようにしたらみんなが最も発言しやすい環境を作れるのか、まだ勉強中です。ですが、今のチームはとても素晴らしいと思っていますし、私の誇りでもあります。

チームディナー
チームディナー


女性がビジネスのリーダー的立場に立つことの長所は何でしょうか?

私は、一般的に女性はより几帳面で物事を体系的に考えるのが得意だと思います。個人的には、強い心の持ち主だねと言われます。多分、ラジオDJをしていた時に、自分の意見をはっきり言ったり、素早い判断を下したりする勇気がより身に付いたんだと思います。女性の方が、クライアントに柔らかい印象を与えられるので、信頼を得やすいと思います。新しいクライアントを尋ねることも女性の方が簡単だと思います。今では新しい契約を結んだ経験、そして自信もあります。

自分が女性であるということを強調するのはあまり好きではありません。平等とは何かをずっと考えています。女性か男性か、日本人か外国人か、とかそういったものは関係ないと思います。みんながそれぞれ能力を持っている。そして、私の人事採用の戦略は、みなさんの集団経験・知識・能力を上手く組み合わせられるかということです。同じようなタイプの人を何人も雇いたくはありません。そうではなく、むしろ、「この人はこのスキルを持っているから、次は違うスキルを持った人を雇おう」と考えます。そうすれば、お互いに補完しあうスキルを持ったスッタフが集まるからです。

大学では何を学びましたか?大学での経験はどうでしたか?

英米文学・文化を学びました。大学生時代にはあまり英語をしゃべる機会はありませんでした。正直に言うと、私は大学生時代にあまり勉強はしませんでした!(笑)勉強以外のことをたくさんしようとしました。なので、アルバイトやラジオDJを通して得た経験の方がたくさんあります。ラジオの収録で月に1回東京に行かなければいけなかったのですが、大学生だった私にとっては、楽しくて素晴らしい経験でした。給料が良かったので、イベントの司会もたくさんしました。“イベントレディ”でした。大学生活はとても楽しかったです。そういった意味では、私は大学生活の社会的側面の方をより楽しんでいました。実は、兄が歯科医で、現在神戸で歯科医業をしています。ですが、兄は大学に入るまでは本当に引っ込み思案で人に会うのがとても苦手だったんです。むしろ、いわゆる“オタク”に近かったんです。

引きこもりですか?

そうそう!まさに引きこもりです!兄が初めて、自分の歯科クリニックを開きたいと言った時に、私は「無理無理!患者さんの対応をしなきゃいけないんだよ。」といったのを覚えています。ですが、私が英語を勉強しながら兄の歯科クリニックを手伝っていた時に、「わー、兄はすごく変わった!」と気づいたのを覚えています。子供からお年寄りまで、みんなに話しかけいましたし、人と接する能力がそんなにあるなんて今まで気づきませんでした。今まで目にした中で、一番素晴らしい瞬間の一つでした。本当に驚きました。

ご自身の将来の個人的な目標や夢は何でしょうか?

日本にある外資系企業やグローバルになりたいと考えている日本企業の両方のために、やはりブランディング/広告業界と関わっていきたいと思います。ですが、最近ではもっとスピーキング中心の役割をしたいなと思い始めています。去年、テンプル大学で、そして2月にはFCC(フォーラム・フォー・コーポレート・コミュニケーションズ)でも講演を行いました。これらの機会を通して、自分の経験を大勢の人と共有することが出来ました。質疑応答のセッションがとても面白いと感じているので、何かもっと広報に関連したことをしたいなと思います。グローバルになろうと努力している企業の力になりたいです。

FCCのスピーチ
FCCのスピーチ


ご自身は完全に日本語と英語のバイリンガルでいらっしゃいますが、外国語を話すことの重要性についてはどうお考えですか?

最近では、外国語を話せることはとても有益なことだと思います。もし成功したいのなら、現地の言葉はもちろん、英語を話せなくてはいけません。英語は単にイギリスやオーストラリア、アメリカの言語ではなく、国際的なコミュニケーションの手段です。とても流暢である必要はないと思います。他国の人々と効果的にコミュニケーションが取れるレベルに到達すればいいんです。中国の同僚に話しかける際ですら、私たちの主のコミュニケーション言語は英語です。とても便利なので、みなさんに学ぶようにすすめています。

今までの人生で直面した大きな困難や壁は何でしょうか?

1つは、10歳の時に両親が離婚した時です。ゴールデンウィーク中の出来事でした。突然、母と一緒に家を出ていかなければならなくなりました。兄と父は家に残りました。兄に別れを言うことさえ出来ませんでした。母と私は家を出なければいけなかったので、生活が突然一変しました。今では離婚は比較的よくあることですが、当時はそうではありませんでした。なので、新しくできた友達に父が何をしたか説明することが出来ませんでした。友達に父のことを聞かれたら「死んだ」としか言えないと感じていました。その後、ある同年代の女の子と出会いました。当時、私は悲しい少女で、私以外のみんなは家族に満足しているように見えました。ですが、私が出会ったその女の子は児童養護施設の出身でした。その女の子に話しかけると、彼女はどれほど毎日幸せか、そして私に出会えて、毎日私の笑顔が見られて嬉しいと言いました。それを聞いたとき、自分はもっと幸せに思わなくてはいけないと感じました。なので、当時その女の子との出会うことによって、私は世界を別の視点から見られる、世界をもっと幸せにとらえるようになりました。

今までの人生における重要な出来事は何でしょうか?

最初の職場であるシャークで、アメリカのP&Gから始まり、日本を通じてアジア全域に発信する新しいアートワークのプロセスを拡大しなければならなかったのですが、 アジアの従業員にとっては新しい作業の流れだったので、様々な国の、国内外の多くの人に、そのプロジェクトの背景とコンセプトを説明するために多くの時間を費やさなくてはなりませんでした。そして、作業の流れを新しいものに変えるのは面倒くさいと感じている人が多かったのです。最初は、私たちの事を敵対視している人がほとんどでした。ですが、プロジェクトを重ねるうちに、新しいアートワークプロセスや私たちに対する感謝が増えました。将来のプロジェクトに、自分たちが必要とされていると聞いた時は本当に幸せな気持ちになりました。

技術能力や大学教育などと比べて、自分自身を信じること、そして自信を持つことはどれくらい大切だと思いますか?

自分自身を信じる事と自信を持つことは一番大切な事だと思います。なぜなら、もし誰かを雇用するとしたら、まずは性格を見ます。性格は変えられないものです。ですが、知識や技術能力はトレーニングなどをすることが出来ます。なので、自信や何かをしようとする積極性の方が能力よりも、もっと重要だと思います。

ご家庭での生活はどのようですか?リラックスするためには何をしますか?

シャークに入社してから最初の6ヶ月間はとてもハードで忙しく、毎日終電で帰宅していました。飲み会ではなく、仕事があったからですよ!(笑)土日でさえもP&Gのオフィスに行かなければなりませんでした。本当に大変な時期でした。ですが、最近は仕事とプライベートの両立を頑張っています。午後6時かちょっと過ぎには帰宅します。友人に会ったり、交流会に参加したります。あと、小型犬を飼っています。トイプードルとミニチュアダックスフンドのミックスで、ちょっと足が短いです。名前はミュウで、9歳です。神戸から連れてきました。家ではミュウと遊んだり、YouTubeで動画を見たりするのが好きです。ちょっと言うのが恥ずかしいのですが、日本人が色んなキャラクターが好きなのはご存知ですよね?ふなっしーという、とても人気のキャラクターがいます。ふなっしーはタレントやお笑い芸人みたいなんです。YouTubeでふなっしーの動画を見るのが好きです。

ミュー
ミュー


日本には男女間の不平等があると思いますか?

私が初めて働き始めてからこの20年間で状況は変わったと思います。ですが、それでもまだ大きな差があると思います。仕事と家庭生活を両立させようとしている女性にとって大きなプレッシャーがあります。そういった点において、P&Gはこの業界で上手くいっている素晴らしい企業の1つです。P&Gには革新的な雇用計画がたくさんありますし、柔軟性があります。もし、家庭の事情がある従業員のメンバーがいれば、他の時間に仕事を埋め合わせすれば、家庭の事情を優先できます。例えば、その日は10時間で次の日に5時間働くなど、選択肢があります。そういう意味では、多くの日本の企業はまだ比較的、柔軟性に欠け、融通がききません。この時間からこの時間まではオフィスにいなければならず、たとえ自分の仕事が全部終わったとしても上司がまだ働いているから帰れない。このような職場がまだ一般的で、それが家庭を持つ女性をかなり制限しています。

この問題に対して、女性はどのように取り組むことが出来ると思いますか?

成功を収めた女性がモデルとなってこの世界を変えることが出来ると思います。リアルミーはそのような女性の例や事例を紹介していると思っています。そのような事例をたくさん紹介すればするほど、実現で出来るということを証明できますし、それが、女性に対するステレオタイプを変えるきっかけになるのではないでしょうか。

では、男性はどのようにこの問題に取り組むことが出来るでしょうか?


どのようにかは分かりませんが、男性はもっと偏見のない態度で、何が起きているかを理解するべきだと思います。日本で起きていることだけではなく、男女平等に関して世界中で起きていることに目を向けるべきだと思います。世界での成功例や日本が学べ、取り入れられる教訓などです。

同様に、個人的・家庭的なレベルでは、男性は、家庭環境の中でどのような行動を取ったらうまくいくのかを学ぶべきだと思います。何が“男性の仕事”“女性の仕事”ということではなのです。得意な方が、出来る方が、それをやるべきなのです。

仕事を始めたばかり、もしくはこれから始める若い女性に伝えたいアドバイスはありますか?

若い女性に伝えたいことの一つは、大志を抱け!ということですね。ラジオDJをしていた時、実は自分の出来る事の限界を決めてしまっていました。当時、本当になりたくてラジオDJになった訳ではなく、たまたまラジオDJという業種に就いた、と考えていました。そして、たとえラジオDJを続けても、他にもラジオDJはたくさんいて、一番にはなれない。そんな訳で、私は広告業界にキャリアを変えたのです。結局、それは良かったのですが、一つ後悔していることは、もしラジオDJをそのまま頑張って続けていたら、有名で熟練したラジオDJになっていたかな?ということです。なので、大切なことは、自分の限界を決めないという事です。自分の可能性を十分に探ってください。そして、自分が期待しているより、もっとすごい自分になれるんです。ただ夢見るだけではだめです。努力をして下さい。努力なしには実現しません。

シャークに入社する以前は、ずっと日本企業で働いていました。ですので、他の国々についてそれほど詳しく見ていませんでした。ですが、今になって少し後悔しています。もし、もっと早い段階で国際的なチャンスを探し始めていたら、人生においてもっとたくさんのことを見る事が出来たのではないかなと。なので、私からのもう一つのアドバイスは、世界は開かれている、ということを忘れないでということです。日本が全てではないのです。

人生における有名な引用、名言など、ご自身の座右の銘はありますか?

‘Everything will be okay in the end. If it’s not okay, it’s not the end.’

– John Lennon

「全てが最後には上手くいくようになっているはず。もし何か上手く行かない事があるなら、それはまだ長い道の途中であるということ。」
ジョン・レノン

この引用は、私の日々の生活を導いてくれるものです。この引用をパソコンのデスクトップに設定しています。ビジネスというものは浮き沈みがあるものですよね?もし上手くいかなくて、上司に怒鳴られたら、この引用を見ます。そうすると、そんなに悪くない、諦めないで頑張り通さなきゃと気付くのです。なので、この引用にはとても元気づけられています。

Karuizawa