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リアルミーは今回、プーコのハワイサイトの創設者である綱嶋立子さんにお話を伺いました。12年間住んでいるハワイに対する想い、今までの人生で楽しかった時、困難に直面した時、またリスクにどのように対応するかについての考え、日本における男女平等に関する意見などについて立子さんから話して頂きました。

あなたにとっての本当の私、リアルミーはどんな人ですか?

ホノルル在中の40代日本人女性。現在ハワイでPR・マーケティング、ソーシャルメディア、現地コーディネートなどを中心に稼働しています。

直感で動くタイプ。仕事では、辛かったことや困難なことも忘れ、立ち直るのも早い。「ここでやらなかったら一生後悔するのでは・・・」と考えて挑戦します。昔から日本人だけでなく、海外の人と友達になりたいと考えていたため、現在ハワイでもローカルの友達のほうが多い。

どうして2003年にハワイに移住したのですか?

日本で知り合った夫とハワイで結婚し、生活するためです。私は一人っ子のため日本で生活をしたかったのですが、夫が日本語を話せず仕事を得にくいため、移住するとを決意しました。

2007年にはプーコのハワイを立ち上げたそうですが、会社について、そしてどのようなことをしているかお聞かせ下さい。

2003年にハワイに移住したところは友達もいず、まだ永住権や労働許可も下りていなかったため、仕事もできない状態でした。家でインターネットをしていたら「ブログ」というキーワードを目にしました。まだその頃は日本でやっとブログが出始めた頃。気軽な気持ちで始めました。ハワイでの生活の様子、例えば今日は何を食べたとか、こういう店が流行ってるとか、あとはローカルニュースなどを毎日更新していたらあっという間にフォロアー数が増えました。あの当時はまだソーシャルメディアやスマートフォンもなく、デジカメがやっと出てきたときだったので、デジカメで食べ物の写真を撮っていました。レストランで食べ物の写真を撮るときも、周りの人が、あの人は一体何をしてるのかって感じでしたが、夫は協力してくれました。今ではみんなスマフォで撮りますが。

フォロア数が増えて来たので、夫と会社と公式サイト「プーコのハワイサイト」を立ち上げました。最初はサイト運営、現在ではPR/マーケティング、ソーシャルメディアマーケティング、現地コーディネート、通訳・翻訳、コンサルティングを行っています。特にソーシャルメディアは時代の波に乗り徐々に仕事が増え、我々自身のソーシャルメディアもフォロアー数が増え、それに伴いショッピングセンターやブティックなどのフェイスブックやツイッター、インスタグラムも管理しています。

綱嶋立子
1996年からフリーランスの通訳・翻訳者として働かれているそうですが、お仕事について、そしてどのように始めたか教えてください。

小さい時からの夢が英語を使って仕事をしたいというものでした。本当は最初、翻訳の仕事をしていました。通訳は帰国子女でないとなれないの言う規制観念があったからです。しかしどうしても通訳になりたいという夢を捨てきれず、通訳養成所に通いながら通訳になっていきました。

ハワイに住み続けて仕事をしている理由をお聞かせ下さい。また、ハワイでの生活で一番楽しんでいることは何ですか?

日本とは働く環境が異なり、私にとっては働きやすい場所です。日本だと通訳をしていると、他の仕事はしなくなります。また、大学の教授はあくまでも教授。しかしここでは、大学の教授が普通のRetail shop でセールスをやっていたり。彼はお金に困っているわけではなく、お客さんと接するのが好きなので、この2つ目の仕事をしています。

このようにハワイでは、「この人はこの仕事」と決め付けることができません。みんないろんな顔を持っています。それがおもしろい。実際に私もメディアの仕事だけでなく、現地コーディネートや翻訳・通訳、またKCCファーマーズマーケットでのブースのお手伝いをすることもあります。

綱嶋立子
大妻女子大学で英文学と言語学を学ばれたそうですが、大学での経験はどのようなものでしたか?大学での時間がキャリアで役立ったと感じていますか?

特に直接役に立っているとは思いません。大学の授業では、会話の授業は少なかったので、当時は今のように英語は流暢に話せませんでした。また文学は、私のキャリアに直接影響を及ぼしたとは思っていません。

あるキャリアを追求したいと考えているが、リスクや障害を恐れているという読者の方々に何かアドバイスはありますか?

新しいことにチャレンジしたり、難しいことをやろう等するときには必ずリスクが伴います。しかしやらないことは、一生の後悔が残ります。私はここでやらないと一生後悔すると思ったので、通訳の道を目指しました。

これから自分のキャリアを目指す方へ。諦めずに続けてれば、必ず道は開けます。たとえ遠回りでも、そして少し違う目的地かもしれませんが、自分の好きなことができると思います。

英語と日本語のバイリンガルでいらっしゃいますが、バイリンガルであることは仕事でどう活かされていますか?また、英語を話すことはどれくらい重要ですか?

英語を話すことによって、自分の可能性が広がった気がします。多くの外国人とも知り合えるし。日本人とだけ、または日本国内だけでなく、海外の人たちの考え方、意見、文化などを知ると、世界が広がります。そうすると、日本の良さも見えるようになってくると思います。

Hawaii Five-0 のプルミエール
Hawaii Five-0 のプルミエール


今までの人生で直面した困難や障害は何でしょうか?

キャリアではそれほど困難、と考えたことはありませんでした。実際に困難だったのかもしれませんが、もともとそういうのを感じるのが疎くて(笑)。

プライベートの面では、今年初めに母を亡くしたことです。肉親を亡くしたのは初めてで、深い悲しみ・寂しさを経験しました。しかし今ではスピリチュアルな本を読み、精神的にも楽になってきています。

今までの人生で一番のできごとは何でしょうか?

やはり初めて通訳の仕事をしたときのこと。自分の夢だった仕事をしている、と思った時に、感動で涙が出ました。その当時の仕事ぶりが、キャリア誌や通訳・翻訳の雑誌に掲載されたこともあります。
もう一つは、「プーコハワイ」としてハワイで活動でてきることです。

お家での生活はどのようなものでしょうか?リラックスをするためには何をしていますか?

スピリチュアルな本を読むこと、旅行にいくこと、ビーチに行く。

日本には男女不平等が存在すると思いますか?

まだあると思います。私が22歳に社会に出た頃、男女雇用均等法が施行されました。男子に馬鹿にされないようにと思って、バリバリ男子並みに仕事をしたのを覚えています。現在、子供のいる女性は、産休休暇を取って、その後問題なく職場に戻っていけているのでしょうか。ハワイではほとんどの場合、問題ありません。それで差別をしたら違反で、会社が罰則を受けます。日本も法律上はそうなのかもしれませんが、実際の職場ではそうでないと思います。女性が子供を産み、同時に会社でもキャリアの道を追求するといったことは、決して欲張りではありません。

この問題について日本の女性、男性はそれぞれどのように対処することが出来るでしょうか?

女性は、女性ならではの出産、そしてキャリア追求の2つを自信を持って行っていってください。また男性は少しずつ女性の出産・子育てを助けるようになってきていますが、欧米に比べるとまだまだです。先日、日本に夫と帰った時、飛行機の中で泣き喚く子供を若いお母さんがあやしていました。彼女は同時にもう一人の赤ん坊をお腹に抱っこしていました。その隣で夫はスマフォでゲーム。”子育ては女の仕事”といった態度がむき出し。これにも私の夫も腹が立ちました。なんで日本は男性が子育てに参加しないんだと。女性が1人でできる範囲を超えています。日本の男性は、こういうことをやるのが恥ずかしいと思っているのか、それとも単に自分勝手なのか。もう少しサポートしてあげたらなと思います。

今まさにキャリアを始める女性、もしくはこれから始める女性に対するアドバイスはありますか?

まずは社会勉強から。社会の仕組みを知ること。それから、いろんな基礎知識を付けて、自分の専門分野を開拓していく。遠回りではないか?と思っていても、それがいずれ自分の実になり、キャリアに生かすことができます。

ご自身の座右の銘はありますか?

「希望は人を成功に導く信仰である。希望がなければ何事も成就しない」
ヘレン・ケラー

Optimism is the faith that leads to achievement. Nothing can be done without hope and confidence.” – Helen Keller

「人生とはおもしろいものです。何か一つを手放したら、それよりずっといいものがやってくるものです。」
ウィリアム・サマーセット・モーム

It’s a funny thing about life; if you let go of one thing, something better will come.” – William Somerset Maugham

綱嶋立子