front 若杉理可
リ アルミーは今回、日本有数の家具・インテリア小売業者のプロジェクトリーダーである、若杉理可さんから素晴らしいお話を伺いました。演劇への情熱、学生時 代のワクワクするような環境、日本企業とイギリスの企業で働いてきた経験、将来の野望、そしてもちろん、日本における男女の地位や平等に関する考えについ てお話下さいました。

あなたにとってリアルミー、“本当のわたし”はどのような人ですか?

私は、人が好きで、オープンになろうと頑張っています。自分とは違った考えやアイディアを得るため に色々な人に会うのが好きです。なので、私の人生で人脈はとても重要です。海外出身の方々とお会いすることも、私にとってすごく重要です。プレゼンテー ション、映画、ミュージカルが大好きです。今は歌舞伎がとても好きです!(笑)

私が所属する東京インターナショナルプレイヤーズ(英語演劇団)では本当の自分でいられる気がします。というのも、その劇団では、日本社会や文化的規範などの制約にとらわれず、好きなように、自由に自分を表現することができるからです。

日本の化学メーカーでプロジェクトリーダーをされていますが、その事についてもう少し詳しく聞かせ頂けますか?どんな事をされているのですか?



家具・インテリア小売業者チームのプロジェクトリーダーを務めています。高機能繊維製品を製造しているので、高度な特徴を備えたテーブルカバーや布団、カー テンなどのインテリア製品を製造しています。例えば、アレルギーを持っている方が多いので(4人に1人は何らかのアレルギーを持っていると言われていま す)、ホコリの少ない布団を製造しています。そのような特別な製品をお手頃な価格で製造したいと思っています。通常は、そのような特殊な製品はデパートな どで高価格で販売されています。ですが、我々はそれに代わる製品をもっとお手頃な価格で提供したいと考えています。通常、化学薬品原料の会社は小売業者と 直接取引は行いません。しかし、我々は独自の販売経路があります。なので、繊維 を発明して、使いやすいものにして、専門に扱い、お店に販売しています。

ブリストル大学のドラマ学科を卒業されましたが、大学での経験はどのようなものでしたか?特に、イギリスで日本人学生として学ばれたことについてお聞かせ下さい。どのような困難、そして良い面がありましたか?ドラマ学科はどうでしたか?

最初はマンチェスター大学に通いました。マンチェスター大学のドラマ学部では日本人学生を受け入れるのが初めてだったこともあり、どのように私を扱えばいい かあまりよく分かっていませんでした。なので、私自身もどうしたらいいかよく分かりませんでした。時々、親切心で教授が私にこう言いました。「心配しない で。セリフはいらないよ。しゃべらなくてもいい役をあげるから。」ですが、私は「本当はセリフのある役が欲しいのに!」と思っていたのを覚えています。な ので、少しだけ相手にされなくて惨めに感じたり、全てがすごく難しく感じたりしました。ですが、優しくて気さくな学生にもたくさん出会いました。なので、 とても楽しかったです。ある友人が「ブリストルは本当に良い所よ。ブリストルに行けたら良いのにな!」と言ったのです。私は以前、ブリストルからもオ ファーがあったので、友人がそう言っているのを聞いて、運命のように感じたんです。「かわりにブリストルに行ったらいいんじゃないか?」そう思いました。 他にも、マンチェスター大学は米国演劇が中心だったのですが、当時はインターネットがなかったので私は現地に行くまでそのことを知りませんでした。ブリス トルではシェイクスピアが中心でした。そこで、イギリスにいるのに、どうして私は米国演劇を学んでいるんだろう?と思ったのです。何かを変えなくてはいけない、そう思いました。ゼロからやり直したい、そういう感情が芽生えました。

ブリストルにまた出願して、最初からやり直したい、そう決めました。こうして、夜中3時にマンチェスターから長距離バスに乗り、朝9時にブリストルで降車し ました、そしてブリストル大学に向かい、以前にオファーをもらっていたということを話し、面接をしてもらえないか頼みました。親切にも学部の秘書の方が、 ちょうどその日とクリスマス休暇で帰ろうとしていた教授に私を紹介して下さいました。その方は親切にも、「2時間以内くらいに面接をしましょう」と言って 下さいました。本当に感謝しています。私がブリストルに入学できるようにと、マンチェスター大学の教授も「理可はあれやこれをしてきたから、あと必要なの はあなたのサポートだけです」と言って私を支援してくれました。なので、私はとても幸運でした。翌日に、私はブリストル大学から入学許可をもらい、そこで 勉強を再開しました。

もう一度やり直せるなんて、私はとても幸運でした。マンチェスター大学での経験がすでにあったので、 2回目で大変でしたが、それでも初めての時よりはやりやすかったです。当時、私のチューターの方がドイツ人で、日本の演劇にとても興味のある方だったの で、発言する機会があり、周りからの心遣いのおかげで、初めて勇気づけられました。こうして徐々に自分を表現したり、自分の考えを周りと共有したりする勇 気が湧いてきました。そして、素晴らしい達成感を味わいました。もちろん、マンチェスターの人々を責めるつもりはありません。私は自分自身を表現すること が出来なかったからです。何も出来ずに、ディスカッションに加わることも出来なかったので怖じ気づいたりしました。なので、私は一生懸命勉強しようと努力 しました。でも、一日で英語が出来るようになりません。なので、「あーどうしたらいいんだろう?」と感じました。

「きっと、私には笑いの センスがないからみんなの輪に入るのが難しいんだ。なら、“モンティ・パイソン”を見よう!」と思って“モンティ・パイソン”を見ました(笑)。ですが、 上手くいきませんでした。一番楽しい時期は大学の最終学年でした。その頃にはたくさん友達が出来て、たくさんのことを経験してきたので。私たちのチュー ターはよく「よし、次はなにがしたい?」と聞いてくれる人でした。なので、私は「シューレアリズムの演劇をしませんか?」と提案しました。こうして、日本 と西洋の演劇を比べながらシューレアリズム演劇について書くチャンスがありました。なので、日本の観点を組み込むことが出来ました。本当に予想していな かったことだったので、私が日本文化に興味を持つことやその中に美しさを見いだすきっかけを作ってくれたチューター、友人に感謝しています。間違いなく素 晴らしい経験になりましたし、他の何ものにも代え難い経験でした。当時のイギリスでの経験は今までの人生で最も価値のあるものとなっています。

Bristol University
ご自身が所属する、東京インターナショナルプレイヤーズ(英語演劇団)について教えて下さい。

大学を卒業してから、長い間演劇とは無縁の生活をしていました。そこで、6年前に 私が大学の最終学年の時にブリストルで大家をしていた女性を訪れました。その大家の女性に「それで、演劇はしているの?」と聞かれて、「いいえ」と答えた ら、「どうして?あなた、演劇大好きなんじゃないの?」と言われました。確かに、と思いました。日本に戻ってきてから「演劇しなきゃ、演劇しなきゃ!で も、どこで?」と思いました。英語で演劇がしたかったので、アメリカのクラブや海外の団体と連絡を取り始め、東京インターナショナルプレイヤーズについて 教えてもらいました。大学で英語演劇を学んできましたし、それがやりたいことだったので、英語を使って演劇ができる団体を探していました。

演劇などの芸術に携わりたいと思っているけれども、難しいと思っている読者の方々に何かアドバイスはありますか?

もし情熱があるなら、今がその時です。そうでしょ?挑戦するべきです。私が東京インターナショナルプレイヤーズのオーディションを受けていた時は本当に哀れ でした!自分だけが知らない歌を歌わなければいけませんでした。なので、ただただ哀れに努力していました。なので、セリフのない役をもらいました。

その後、シェイクスピアの「夏の夜の夢」でまたセリフのない役をもらいました。演劇中ずっと、マッシュルームの役だったんです!みなさんもご存知の通り、 シェイクスピアの演劇にマッシュルームは登場しません。監督が、たまたまマッシュルームが大好きだったんです。それでも、役がもらえたので、私にとっては 重要でした!そして幸運にも、他にもチャンスが巡ってきました。今では、人間の役をたくさんもらっています(笑)私も以前は、あまり良くない—馬鹿げてい るに近い—役をもらっていましたが、今は主役ももらっています。なので、もし皆さんが何か情熱を感じるものがあるなら、一歩踏み出して、全力を尽くして下 さい。結果がどうなるかなんて分からないですから。

理可さんがマッシュルームの役を与えられて、その役に本当に一生懸命取り組んだという のが本当に素晴らしいと思いました。実際にご自身でマッシュルームを育てて、成長を観察し、マッシュルームの目線からマッシュルームになるとはどういうこ とか感じようとしたそうですね。このように一生懸命取り組むことは本当に立派だと思います。

私が思うに、始めの段階で何か出来ない事があ るというのは、何かしらの理由や意味があるのだと思います。もっと頑張らなきゃいけない、ということなのだと思います。そのようにして人は学んでいき、技 術を磨いていくのだと思います。何かをしたい、でも、確信していなかったり、まだ準備が出来ていなかったり感じても、とにかくやってみて下さい。

英語と日本語のバイリンガルでいらっしゃいますが、キャリアの面でバイリンガルであることで、どのようなことがありましたか?また、英語を話すという事はどれくらい重要でしょうか?



自分自身を表現するために、英語はとても重要です。英語をしゃべる際にはボキャブラリーの制約がありますが—知っている英単語から選んで話すしかありません—、

英語を話している時の方が自由に感じます。どうしてかは分かりませんが。日本語だと、色々な制約を感じるのです。特に感情のニュアンスに関しては、英語の方 が表現豊かな言語だと思います。日本の企業では、数多くの文化的な制約や暗黙のルールがあって、ある特定の方法、態度で振る舞わなくてはならず、目上の 人々を圧倒しないようにしなければならないと感じます。色々な考えが頭の中を巡っていて、日本語を話している時にそう感じます。もし、みんなが英語を話し たいと感じなければ、それはもちろん問題ないです。個人の選択ですから。ただ、私が伝えたい事は、「世界を見てください」ということです。全く違います。 見れば見るほど、ありがたく思うでしょう。

私の例をお話します。私は日本の演劇などの多くの日本文化が好きではありませんでした。日本文 化からくる自信は何も持っていませんでした。ですが、今では日本文化が大好きです。日本の伝統も大好きです。理由は、イギリスに行ったからです。たくさん の発見、自己発見がありましたし、イギリスに行く事で、自分がいかに昔ながらの人間かという事に気付きました。異なる世界観を通して物事を見れば、その分 だけ世界の美しさに気付くことが出来ます。

自分自身の国や文化についてだけではありません。英語をしゃべることで、他の国の考え方、振る舞い方、異なる物事の見方も学べます。引きこもっていたら、そのような素晴らしいチャンスを逃してしまう事になります。留学の機会を与えてくれた両親にはとても感謝しています。

nightingale from Once Upon a Mattress
これまでの人生で直面した困難や障害などはありますか?

最初に直面した困難は、イギリスに単身渡ったことです。全く違う環境でした。マンチェスターに知り合いは1人もいなかったので、突然1人になりました。日本 にいた時は、両親に守られていましたが、イギリスに行ってからはとても寂しかったです。なので、それが最初の困難でした。次に直面した困難は、間違いな く、日本の企業で働いていた時です。もし、イギリス留学や飯田橋のブリティッシュカウンシルで働いていなかったら、日本企業で働いていても自然に感じてい たと思います。ですが、イギリスの労働環境から、日本の企業で働くということは、私自身が日本人であっても、とても厳しく感じました。物事をどう伝えたら いいか分かりませんでしたし、私の説明も分かってもらえませんでした。また、私の行動は受け入れ難いと考えられていました。なので、最初の化学メーカーで働い ていた時の上司には長時間叱られました。2時間半も会議室で「これやあれはしてはいけない」などと言われました。その会社の社風からすると、私はなぜか受 け入れ難かったようです。当時、私は34歳でした。ブリティッシュカウンシルにいた時、ほとんどの書類は英語でしたが、突然、全てが日本語になり、書類も 日本語で作成しなければならなくなりました。日本語は私の母語ですが、期待されていたものがとても難しかったのです。私は日本語母語話者ですが、きちんと した日本企業で働いたことがありませんでした。ある日、新しい同僚にこう言われました。「うちの大企業に誰も知っている人いないですよね。ネットワークも ないですし。日本語が母語なのに、書類も作れないし、そんなに若くないし。あなたって何なんですか?」あれは本当に屈辱的でした。本当に気分が悪かったで す。ですが、その後の10年間で日本における社交術は何なのかということを見直そうと努力しました。かなり状況は良くなりました。大変です が、時間をつぎ込んで学んで行けば、それだけの価値はあります。何か物事がとても簡単になったら、それは前に進む時であると私は思っています。困難に直面 することによって成長したり、学んだり、向上したりするのだと思います。なので、人生を通じて—おそらく、これは私の性格の悲しい一面でもあると思います が—私は困難を探しています。なぜなら、あまりにも自分が心地よい環境にいるということは、前進していないということだからです。「これはしたくないけ ど、とりあえずやってみるか」と感じながら人生を送るよりも、人生の最後に、今までの人生を振り返った時に、自分が達成してきたことを称えることが出来る 方が、より充実していると思います。人生は限りがあり、時間は貴重なものです。だから、無駄にしてはいけません。

これまでの人生における重要な時期はいつですか?

間違いなく、ブリストル大学時代です。最高の時間でした。私にとって、カルチャーショックのようなものでした。異なる意見を言い合い、最後にはみんなと考え を共有する。たとえ、意見が対立しても、みんな友達のままです。私には、完全に新しい生活でした。最初は、みんな私が言っている事や私の考えを理解してく れませんでしたが、とにかく自分の考えをみんなと共有し始めました。そして、素晴らしい気分と、達成感が増していくのを感じました。

Bristol University 2
新たな挑戦を探しているというお話ですが、まだイギリスにかなり情熱を持っているように見えます。イギリスに戻る事を考えていらっしゃいますか?もしくは、イギリスでの生活はもう一区切り付いて、新しい挑戦をしたいと思っていらっしゃいますか?

私は学ぶことが大好きで、仕事においても日本とイギリス、もしくは日本と外国の架け橋になりたいと思っています。日本のビジネス方式を経験して、ブリティッ シュカウンシルではイギリスのビジネス方式を経験してきたので、その両方の経験を組み合わせたいと本当に思っています。もし、現在の自分の経験が十分でな ければ、もう一度イギリスで勉強するか国際的な企業で働きたいと思っています。私には、人々がどうして他人にある特定のステレオタイプ(固定観念)を押し 付けなければいけないのか分かりません。男性に対しても同じようにステレオタイプを押し付けるのかは分かりませんが、日本企業において女性は、年齢やキャ リア、行動に基づいた期待を押し付けられます。例えば、書類作成やミーティングの日取り決めを手伝うなどの仕事をしなければいけない時、男性にはお願いで きないけれど、女性にお願いするのはとても簡単です。若い女性でさえも、独自のステレオタイプを抱いています。私の働く会社でも、数多くのエンジニアのう ち、女性はとても少なく、会社のミーティングでは女性が2人だけ、残りの10人は全員男性です。例えば、大手の家具小売業者を通じてある製品を売り出すと します。そのターゲット顧客は主婦と女性なので、女性の私たち2人がターゲット顧客の例になります。なので、私たちの意見は尊重されるべきなのですが、私 たち女性が同じ女性顧客の目線から、ある意見に対して異論を唱えても、他の男性は私たち女性の意見を軽視しようとするのです。 私たち女性が「いや、主婦は忙しいんです!」と抗議する一方で、中には「いや、それは主婦がダラダラしてるからだよ」というようなことを言う人もいます。若い男性でさえも、そのような凝り固まったステレオタイプを持っているので、とても驚きました。子供の頃から教え込まれているものなので、これを克服するのはとても難しいです。

そのようなステレオタイプを持っている男性というのは、子供の頃から、そうあるべきだと教え込まれて、それが根付いているのです。これは変えなければいけま せん。ですが、徐々に状況は良くなってきていると思います。今では、朝、幼稚園に子供を送りにいく男性を多く見るようになって、とても嬉しいです。20年 前はそういう光景を全く見ませんでした。なので、だんだんと考え方も変わってきていると思います。

プライベートの生活はどのような感じですか?リラックスするために何をしていらっしゃいますか?

猫と遊んだり、たまに夫とけんかをしたりしています(笑)ですが、私の夫はとても理解のある人です。主人には、色々と話を聞いてもらうので、すごく申し訳な く思っています。また、私と主人は同じ会社で働いていて、私が話す人のことを主人は知っているので、申し訳なく思っています。また、東京インターナショナ ルプレイヤーズに行ったり、他の生産活動に参加したりもしています。主人とはワインテイスティングのレッスンに行ったりもします。来週からは主人と一緒に 鼓のレッスンに行き始めます。二人とも芸術が好きなので、よく博物館にも行きます。私が演劇の活動をしている時、主人はしょっちゅう1人で博物館に行きま す。ジャズナイトもよく一緒に行きます。

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日本には男女間の不平等があると思いますか?もしそうなら、個人的にどのような影響がありますか?

男女が平等だとは思いません。法律上では平等ですが、特に日本の企業では、女性として従属的に振る舞うという暗黙の期待のようなものが存在します。ですの で、私は男女が平等だとは感じません。男性なら男性で、別の機会や、辛い状況を体験するかもしれませんが、男性なら一般的によい扱いをされると思います。 職場で私は家庭家具小売業者のプロジェクトチームリーダーをしており、CEOも私を指名してくれました。ですが、そのチームの中で、私の下で働く人たちは 実際には私よりも高い地位にあるので、指示をしづらいです。私よりも年上の日本人男性は特にそうです。なので、結局は、とても下手に出てお願いをしないと いけなかったり、注意して物事を提案したりしなければならないのです。ですが、よく考えてみると、それは適切ではないと思います。私はプロジェクトリー ダーなので、予算を管理したり、みんなに指示を出したりする権限があるべきだと思います。

一見すると、プロジェクトリーダーになることは とても光栄なことかもしれません。ですが、実際は本当にそうでしょうか?むしろお飾りに近いような感じがします。もちろん、このような機会を頂いた事には 本当に感謝しています。このプロジェクトリーダーをしていなかったらお会い出来ないようなメディアの方々とお話することも出来るので。ですが、内心少し悲 しく感じています。なので、自分自身を証明し続けるしかないのだと思います。口だけではなく、実際に仕事を通して結果を出さなければいけな いと思います。例えば、どれだけ売り上げを伸ばしたか、どのようにしてそれを達成したかなど。強くなくてはなりませんし、積極的に行動しなければなりませ ん。時々、戦略が必要にもなります。ですが、もし質問疑問があった時に、同僚からの支援があれば状況は変わります。

日本で女性はどのようにこの問題に対処できると思いますか?

声を上げることが大切だと思います。声を上げなければ、元々そういうものなのだと思ってしまい、みんな自分の行為や行動に疑問を持ちません。立ち向かうこと は時に難しいですが、立ち向かい方も重要だと思います。“女性のやり方”で立ち向かう必要がありますが、声をあげなければいけません。そうするためには、 上司や同僚との信頼関係を築く必要がありますが、それは簡単ではありません。ですが、そういうことを通して状況は変化していくのだと思います。あなたが発 言しない限り、みんな気付きません。なので、時にどれほど難しく思えても、声を上げてください。

では、男性はどのようにこの問題に対処できるでしょうか?

時々、 男性を責めるのは不公平ではないかと思います。なぜなら、時に女性は自らを女性の立場におくことによって、男性らしい考え方に手を貸したり、もしくは助長 したりしているからです。なので、女性は声をあげなければいけないと思います。ですが、もし男性がもっと偏見がなく寛容になってくれれば(今でもそうなり つつあります)、男女ともに協力するべきです。そうするには勇気が必要ですし、少しプライドをなくすことになるかもしれませんが、女性が与えられるべき “平等”に対して男性はもっと寛容になるべきだと思います。

Teijin
今まさにキャリアを始める女性、もしくはこれから始める女性に対して何か伝えたい事はありますか?

もし、目標がもう決まっているなら、自分の情熱に従って、突き進んでください。ですが、たまに特定の目標がまだなくて「CEOになりたい」「こういう仕事が したい」という漠然とした考えや、まだよく分からない気がすることがあると思います。そういう場合でも心配する必要はないと思います。後で何かを始めたく なったら、始めればいいのです。人生には、キャリアを変えることができる時期があります。そして、それには意味があると思います。そして、将来の道が、 元々の自分の考えと相反するものであったとしても、それまでの経験や今まで学んできた事に意味があるのだと思います。できるだけ多くの経験をしてくださ い。それらの経験は、予想もしていない方法で将来役に立ちます。

こういう事を私はブリティッシュカウンシルで働いている時に学びました。当時、政府の方々にプレゼンテーションをする機会がたくさんありました。化学メーカーで働いていた当初は、私は人事で働いていて、辛い時期でした。ずっと後になって、ショールームのディレクターになりました。そこで、海外からのVIPルームを主催する機会 がたくさんありました。過去に同じようなことをしてきたので、自信がないと感じることはありませんでした。なので、どんな経験が役に立つか誰にも分かりま せん。すごく不幸せでやりたくないと思っているなら別ですが、そうでないなら、現状を最大限に活用することができます。将来、どのようにそれが役に立つの か分かりませんから。

ご自身の座右の銘はありますか?

“Something is better than nothing”

何も無いよりは少しでもあった方がよい

私は何かしたいことがあると、「完璧にしなきゃ」と考えてしまいがちです。ですが、時間の制約がある人生においては、多くの事は出来ません。ですが、そうい う時は何も無いより少しでもあった方がましだと考えています。そうすると気持ちが落ち着くのです。何か達成したいことがあって、完璧にしようとするともの すごくプレッシャーがかかります。なので、出来る事は何でもして、その時その時の自分に出来る事を最大限に活用するのです。そして、あなたがしている事が なんであれ、何もないより良いです。そう考えると、とても落ち着く事が出来るのです。時には、何かをしたり、何かになろうとしたりすると、自分自身にとて もプレッシャーをかけてしまいます。ですが、それは必ずしも大きなインパクトを与えるわけではありません。自分自身を受け入れて、自分が出来る事を一生懸 命するのです。

その他に付け加えたいこと、元気の出る言葉などはありますか?

社会人になって気付いたこ とは、若かった頃は上手くやりたい、高く評価されたいと思っていたということです。常に“私が”と思っていました。ですが、社会人経験を何年も重ねてきた 今では、気付いたことがあります。それは、自分1人の力で出来ることは大切ですし、それは成果でもありますが、それは大きな枠組みの中の、とても小さな成 果だということです。もっと大勢の人と協力することができれば、成果はもっと素晴らしいものになります。なので、自分一人で完璧にしようとは思わないこと です。ある分野では自分は専門知識を持っているかもしれませんが、他の分野ではその分野で専門知識を持った人に出会います。そして、そういう人たちと協力 していけば、もっと大きな成果を得られます。“細き流れも大河となる”ということわざがあります。1人だけで完璧になる必要はないのです。

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